深 層 を 読 む(2017年)

2017/12/27 核兵器

(蟹瀬誠一 国際ジャーナリスト・明治大学教授  

 傍若無人なトランプ米大統領の襟元からだらしなく垂れ下がって床まで伸びているトレードマークの赤ネクタイの上に北朝鮮の独裁者金正恩が立っている。肩には小型ミサイルを担ぎ、トランプを睨みつけて脅しの言葉を吐いた。 
「俺は危険で何をするかわからない男だぜ」
 すると同じく大型のミサイルを担いだトランプが言い返した。 
「俺もそうなんだ」 
 いかにもありそうな光景だが、もちろん本当にあった話ではない。トランプのネクタイがいくら長いといっても犬のリードのように床を引きずるほど長くはない。 
 じつは米国のネットメディア上で見つけた風刺漫画の一コマだ。長いネクタイはいわゆるレッドライン。つまりトランプの我慢の限界を示しているというわけだ。 
 じつに現実をうまくとらえた漫画である。金正恩とトランプは北の核兵器開発問題を巡って相手の度胸を試すチキンゲームを続けている。頭の上を北の弾道ミサイルが飛び越えていった日本では、政府は明日にも核戦争が勃発するかのごとく危機感を煽った。それはそうだろう。安倍首相にとっては防衛費増大とあわよくば憲法改正の絶好のチャンスだからだ。急降下していた支持率も上向いてきた。野党がボロボロのうちにと総選挙までやった。本当に今日明日危なかったら選挙どころではないはずだ。だらしないのはマスコミである。国民のための番犬であるはずのマスコミが事実を冷静に分析することもなく、一緒になって煽ったから国民も現実を見誤った。 
 考えてみてほしい。崩壊する崩壊するといわれながら北朝鮮の三代にわたる金独裁政権が何十年も生き延びてこられたのはなぜか。それは国家の存続を最優先するしたたかな戦略を遂行してきたからに他ならない。金正恩は冷徹な戦略家とみたほうがいい。ヒロシマ・ナガサキで核の破壊力と放射能の恐怖を経験した世界で、チキンゲームを続ければ結末は国家消滅、あるいは人類滅亡だということを理解しているに違いない。もちろん彼が何を考えているかは外部の誰にもわからない。政権内部の一次情報を入手するのが極めて困難だからだ。テレビ番組に出演している専門家の発言も推測の域を超えていないだろう。ただ、これまでの北朝鮮政権の言動をみれば、米国の奇襲攻撃阻止と国家存続の唯一の手段は核武装だと考えていることは間違いないだろう。 
 幸いなことに当事国である米国ではケリー首席補佐官、マクマスター大統領補佐官、マティス国防長官の3人の退役将校が過激な孤立主義者バノンとその一派をホワイトハウスから一掃し、なんの外交知識も経験もなく衝動で動くトランプの暴走を阻止している。中国(北朝鮮の唯一の軍事同盟国)もロシアも朝鮮半島の核化も戦争も望んでいない。米国の先制攻撃は断固阻止するとしながらも様々な手段で金正恩をけん制している。 
 北朝鮮が核武装しても戦争の危機は減るという説もある。なぜなら核兵器の破壊力と恐怖があまりにも強大なため、敵対する国々が報復を恐れて攻撃を躊躇するからだ。いわゆる核の抑止力である。北朝鮮の核開発を阻止することはすでに不可能だから北を核保有国と認めたうえで関係を正常化して危機を回避するというオプションも米国で考えられている。 
 現在の核保有国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5大国に加えて核拡散防止条約を批准していないインド、パキスタン、北朝鮮の3カ国。それにイスラエルを加えれば総数9カ国。
 通常兵器時代には悲惨な世界大戦を二度も起こした人類だが、1945年の日本に対する原爆攻撃が核兵器時代の到来を告げて以来、これまで70年以上世界戦争も核戦争も一度も起きていない。レッドラインはトランプのネクタイだけにしてもらいたい。

2017/12/25 追いついてきた米・豪の対中認識

(石澤靖治 学習院女子大学教授・前学長

 日本にとっては最大の関心事であっても、必ずしもそれを世界の国々が同様に切迫感をもってみているわけではない。例えば北朝鮮問題である。現在はこの国とその独裁者の動向が世界で最も重大な関心事になっているが、日本からみれば北朝鮮のミサイルが米本土に到達することが可能になって、やっとアメリカをはじめとする国々が北朝鮮を「自分の問題」としてとらえてくれるようになったという感がある。 
 同じことが言えるのが、中国の脅威である。以前から様々な点でその動きは顕在化していたが、日本では2012年の尖閣諸島の国有化あたりから、一般の人々に中国の脅威が具体的に深刻な形で実感されてきた。その中国の脅威とは軍事的な点だけでなく、人権への侵害や民主主義への介入、表現の自由への抑圧、拡張主義の正当化などについて、国内のみならず海外へ影響力の行使を図るところにみられる。それに対して隣国である日本は中国の動向を注視しているために、様々な角度から警戒を怠ってこなかった。 
 しかしながら、それ以外の国々では、地理的に離れている場合などは特に、拡大する中国経済による自国のメリットの大きさに隠れて、なかなか中国の脅威が実感されてこなかったところがある。したがって、例えば日本が同盟国のアメリカや準同盟国であるオーストラリアと安全保障の面で関係を密にしても、それぞれの国で中国に対する警戒心が強くなければ経済的利益が優先されて、中国への脅威が相対的に低下する。そして世論の対中脅威論への支持が弱ければ、場合によっては日本がはしごを外されるという懸念というか最悪のシナリオも十分考えられる。 
 そんな中、「ようやく」という感じでアメリカ、オーストラリアの両国で中国の脅威について明確に認識する動きが出てきたようだ。アメリカでは先の米大統領選の共和党予備選で三番手につけたフロリダ州選出の有力上院議員、マルコ・ルビオ氏の言動にそれがみられる。同氏はアメリカ国民が認識している以上に、中国政府はアメリカ社会において中国を批判する言論を封じ込めようしていると発言してきたが、今月、米上院の公聴会という公の席で「中国の影響力拡大」をテーマにし、激しく非難を展開した。またオーストラリアでは、野党大物政治家が中国人企業家から多額の献金を受け取り、南シナ海問題で中国の領有権主張を支持したことなどから、オーストラリア政府は自国の政治プロセスに金銭をともなった中国からの介入を警戒し、それを封じる法案を議会に提出した。 
 こうした言動は米メディアで報じられていたが(ワシントンポスト紙、12月10日、Josh Rogin “China’s foreign influence operations are causing alarm in Washington”)、日本で12月25日付の読売新聞に掲載された(「中国、外国政界や世論への工作活発化…各国警戒」)。
 日本の立場からは、こうした動きは遅きに失した感がないわけではない。だが、同盟国と準同盟国でこのような認識が広まってきたことで、日本がはしごをはずされる危機は、ひとまず遠のいたように思える。もちろん、それで安心できるほど事態を楽観はできないが。

2017/12/19 トランプ政権、ついに国家安全保障戦略(NSS)を発表

(川上高司 拓殖大学海外事情研究所所長 ) 

 
 トランプ政権の国家安全保障戦略(NSS)が12月18日に発表された。実際にはマックマスター大統領家安全保障担当がまとめたものである。NSSは米国の4つの優先事項として、米国本土のホームランド・セキュリティ、米国の繁栄を促進し擁護する、力を通じた平和(Peace through strength)で世界秩序を維持する、米国の影響力を拡大することをあげている。さらに、NSSではマックマスターが「地政学の復讐」と言ったように、ロシア、中国、北朝鮮、イランが再び米国の安全保障上の脅威として名指しされた。ロシアや中国は世界秩序と安定を弱体化させようとする「変革を試みる国家(Revisionist Power)」とし、米国本土への脅威をもたらす北朝鮮やイランを「ならず者政権(Rogue regimes)」とあげた。 

 そして、特に中国を「競争相手」ととらえている。中国は、「インド太平洋地域で米国に取って代われ、国家主導の経済モデルの範囲を拡大」し「地域の秩序を好きなように再編成しようとしている」と断じている。それに対してアメリかは、地域のそして、軍事力を強化し、ISへ対処し貿易の再構築こそが米国の競争力の強化につながるとした「アメリカン・ファースト」の政策を行うとしている。マックマスター補佐官は、中国の経済的獰猛さ(aggression)を脅威と位置づけ、経済ルールにチャレンジし人々を貧困に陥れている中国を商敵(competitive engagement)としその脅威に対抗しアメリカの繁栄を守ることが国益であると述べている。そのうえで、貿易の再交渉は国家安全保障上の優先課題であるとする。 
 
 一方、ロシアは米国を分断させるプロパガンダといった新世代の戦争形態(new-generation warfare)で脅威を与えている。ロシアは昨年の米国の大統領選挙にサイバー上で関与して現時点もロシアンゲートとしてトランプ政権を苦しめている。そもそもトランプ大統領は政権発足時にはロシアとの関係を修復させ米露協調の意気込みを持っていた。しかしながらロシアが大統領選挙にサイバー上でトランプ陣営に有利になるように便宜をはかったのではないかとか、ロシアからトランプ陣営の側近へ資金が流れていたとかいったロシアンゲートが尾を引きトランプ政権はロシアとの接近は果たせていない。そればかりか、この事件を捜査するモラー特別検察官とフリン元大統領補佐官が司法取引をして捜査に全面協力をし、トランプがコミー連邦邦捜査局(FBI)長官を解任したことは疑惑捜査を中止させる「司法妨害」に当たるかの捜査を本格化し、その際、娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問がトランプが進言があったかどうかを調査しはじめている。 
 
 トランプ政権のNSSはマックマスターNSC補佐官がディナ・パウエル次席とともに作成したが、実際はナディア・シャドローの執筆によるものである。バウエルは間もなくNSCを去るがシャドローが後継者とされる。シャドローはマックマスターやマティス国防長官から信頼が厚い。彼女はコーネル大学でソ連研究を行った後、SAISで博士号を取得後、陸軍にはいった後、国防総省でソ連崩壊後のウクライナ担当官を務め、現在はスミス・リチャードソン財団で研究をしていた。リチャードソンの近著には米国のメキシコ戦争からアフガニスタン紛争までの15の軍事介入を介入以前の政策決定に関して分析した「戦争とガヴァナンス」(Georgetown University Press ,February 2, 2017)がある。その考えは、軍事介入や国家創造活動を行う前に戦術レベルや政治的努力が必要であるというものである。彼女は、ソフト・パワーや政治的手腕を軍事力行使よりも活用すべきだという見解の持ち主である。シャドローのNSSが米国の今後の戦略の中核となるとすれば、米国はより軍事外交に力を入れることとなろう。真に現在、トランプ政権が行っている「Big Stick Diplomacy(棍棒外交)」を裏打ちしたようなものである。

2017/12/17 今年のトランプ政権は”転職政権“だった

(川上高司 拓殖大学海外事情研究所所長) 

 トランプ大統領は歴代大統領の中でも異色であり、彼の言動にアメリカだけでなく世界も動揺し振り回されてきた1年だった。トランプ大統領は絶対的な忠誠心を求め、逆らう者には容赦しなかった。側近はファミリーで固めたのも異例である。
 トランプ大統領の下では、重要な閣僚のポストがなかなか埋まらず、今でも空席が多い。国務副長官はいまだに空席で、テラーソン国務長官が1人で飛び回っているのである。政権には優秀な人材が不足している、あるいは集まらないのは否めない。
 しかもトランプ大統領の下ではその数少ない有能なスタッフの離職率も異例なほど高い。スタート早々に安全保障担当補佐官のマイケル・フリンが辞任した。その後も首席補佐官、戦略官の最側近であったステーブ・バノンが辞任し、話題を振りまいた。
 さらに、今後辞任が予定されているのは、外交政策の要であるテラーソン国務長官である。さらには安全保障担当副補佐官のディナ・パウエル、予算政策局長のポール・ウインフリーが離職すると言われている。
 ブルッキング研究所が歴代大統領の就任後1年間の上級職の離職率を調査した結果によれば、トランプ政権では実に33%にも上るという。前政権のオバマ大統領の時は就任1年間の離職率は9%、クリントン政権では11%、レーガン政権では17%だった。 
 アメリカ社会では転職は珍しいことではないが、政権発足1年での離職率の高さは普通ではない。誰でもが閣僚をこなせるわけではない。高い見識と経験が求められる閣僚人事においてこれほどまで人が入れ替わるのは、トランプ大統領の政権運営に問題があるのか、トランプ大統領自身に問題があるのか、あるいはその両方なのか。いずれにしてもアメリカの政治が不安定で迷走が止まらないことは確かである。そして世界がそれに振り回される状態も続くのである。

2017/12/16 米国アラバマ州選挙とエルサレム首都認定

(蟹瀬誠一 国際ジャーナリスト・明治大学教授) 

 主役のグレゴリー・ペックがやたら格好よかった『アラバマ物語』(1962年)という映画をご記憶だろうか。人種偏見が根強い米国南部アラバマ州で白人女性を暴行したとの容疑をかけられた黒人青年を身の危険を顧みず守る熱血弁護士の物語だ。原作はベストセラー小説でピューリッツァー賞も受賞した“To Kill A Mockingbird”だった。 
 そのアラバマ州で先週末上院補欠選挙が行われた。 
 本来なら共和党圧勝の州だから注目などされるはずのない選挙だが、今回は様子が違っていた。蓋を開けたら元州最高裁判事で共和党候補ロイ・ムーア(70)のセクハラ疑惑が急浮上、トランプ政権の屋台骨を揺るがす一戦となったからだ。 
 なにしろムーアが副地方検事だった頃に性的な接触や暴行を受けたと告発する女性が次から次へとなんと7人も現れ、しかも被害当時はいずれも10代だったというから大ごとだ。「ミニトランプ」として知られるムーア氏はトランプ大統領の常套句である「フェイク・ニュースだ」と否定したが明らかに分が悪い。 
 折しも米国では、大物映画プロデューサーの女優などに対するセクハラ容疑をきっかけに、セクハラ告発が芸能界だけでなく政界、スポーツ界、マスコミ界で急拡大している。政界では、すでに共和・民主両党の複数の有力議員がセクハラ疑惑で辞任を表明している。 
 そこでトランプは奇襲作戦に出た(と思われる)。選挙直前に「イスラエルの首都はエルサレムだ」と宣言したのだ。アラバマ州は超保守の州だ。その州のユダヤ人や白人エバンジェリカルというゴリゴリの宗教右派を取り込めはセクハラスキャンダルなんて吹っ飛ばせると踏んだのだろう。 
 もともと1995年に制定された「エルサレム大使館法」で米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転することは決定されている。ただ実際にこれをやると中東情勢が大揺れになるから歴代の大統領は6ヶ月ごとに移転を延期することでこれを回避してきた。トランプの番になって、ちょうどその期限も迫ってきていた。 
 事前にパレスチナ自治政府には通告していたらしいから、まったくのサプライズとはいえないが、それでも中東を中心に非難の嵐が巻き起こった。 
 トランプは宣言が和平を促進する一歩になるとして「(首都である)事実を認めることが、平和を達成する必要な条件」として中東和平実現を目指すと主張したが、全くの的外れだ。 
 イスラエル・パレスチナ紛争解決が中東の和平をもたらすという考えは過去のものだ。現在のジオポリティカル(地政学的)の焦点はイラン、イエメン、シリア、リビアそしてISISなどのテロ組織である。隣国のエジプトやヨルダン、サウジアラビア、UAEなどとの関係が改善し、パレスチナ側が分裂・弱体化している今、イスラエルのネタニアフ首相が和平交渉を真剣に考えるはずがない。 
 さて、注目のアラバマ州選挙結果だが、民主党候補の弁護士ダグ・ジョーンズ(63)が僅差ながらムーアを破った。これで上院の勢力は共和党51議席、民主党49議席。新議員が就任する来年以降の議会運営に大きな影響がでるのは火を見るより明らかだ。 
 トランプのアラバマ物語は失敗に終わった。もちろんご本人は自分の非は決して認めないが。

2017/12/3 ティラーソン国務長官の交代はあるのか

(川上高司 拓殖大学海外事情研究所所長) 

 トランプ大統領が就任して以来、外交政策は混乱していたがジョン・ケリーが首席補佐官に就任してからは落ち着きを見せ、国防長官と国務長官の関係も悪くなく外交政策が安定してきたようだった。ティラーソン国務長官の実力は就任時は全く未知数であったが、さすがに石油メジャーで生き抜いてきただけに堅実で現実的な外交を展開している。 前任のケリー国務長官のように目立った功績はまだないが、トランプ大統領の下でアメリカの外交を維持していることは彼の功績と言っていいだろう。
 しかし、ここにきてティラーソン国務長官の更迭が取りざたされている。ティラーソン国務長官がトランプ大統領をののしったのが原因で国務長官と大統領の関係が不仲と言われているが、更迭の理由はそれだけではないだろう。
 ティラーソン国務長官はマティス国防長官やマックマスター安全保障担当補佐官らとともにイランとの核合意を維持するようトランプ大統領に進言している。だがオバマ大統領の功績を原則否定したい上、共和党強硬派の反イラン姿勢に逆らえないトランプ大統領にしてみれば、ティラーソン国務長官は大統領の意向に逆らう存在となっており、絶対的な忠誠心を閣僚に求めるトランプ大統領がこのままにしておくことはない。
 アメリカのメディアは年内に交代と派手に報道しているがケリー首席補佐官は「国務長官交代の予定はない」と否定している。すでに後任はCIA長官のマイク・ポンペオの名前が挙がっており、後任のCIA長官には上院議員のトム・コットンが最有力候補と言われている。ポンペオもコットンもイラン強硬派であり、ポンペオが国務長官に就任となればイランとの核合意は反故になり外交路線も再び転換する可能性が高い。
 しかし、イランとアメリカの宥和路線を見込んでドイツなどヨーロッパはイランとのビジネスを始めており、ここに来てアメリカがイラン強硬路線に転換したら大変な損害となる。国務長官の交代はヨーロッパにとっては他人事ではないのである。
 トランプ大統領就任以来、外交政策は二転三転し世界は困惑し続けてきた。2018年は国務長官が交代すれば新たな混乱が生まれ、世界はさらに困惑することになるかもしれない。トランプ政権からは目が離せない。

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