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2020/3/11 「新型コロナウイルスとロシア 石油戦争の勃発」

(川上高司 外交政策センター理事長・拓殖大学海外事情研究所所長)

 新型コロナウイルスの影響が世界経済に出始めている。アメリカでさえ株価は大きく下落、2008年のリーマン・ショックを超えるのではないかとの懸念が世界を覆っている。トランプ大統領の再選は、アメリカ経済が好調であることが前提である。ここで経済が失速すれば再選は危うい。トランプ大統領はすかさず所得税の減税を発表したため、市場は持ち直した。さすがはビジネスマンである。

 だが、そんなアメリカ経済に宣戦布告をしたのがロシアである。36日、OPECプラスが開いた会議では協調減産が議題だったが、ロシアが減産を拒否、増産に踏み切る方向へ舵を切った。さらにサウジアラビアも減産をやめて増産する方向へ転換すると発表した。新型コロナウイルスで中国経済の失速が懸念され、石油最大の消費国であり輸入国である中国の原油輸入が鈍るとの懸念に加えての増産であるため、石油価格は一気に下落、30ドル台にまで落ち込んだ。

 石油価格の下落で最も影響を受けるのが、今や世界1の原油輸出国となったアメリカである。シェールオイルは採掘コストが高く、原油価格が1バレル4050ドルでなければ利益が出ない、と言われている。しばらくは持ちこたえることができても、原油価格が30ドル台で低迷すれば、シェールオイル企業の半分は破綻するとの予測が出ている。そうなればアメリカ経済が打撃を被ることは間違いない。

 「1バレル20ドルでもロシア経済はやっていける」とプーチン大統領が述べたことからわかるように、ロシアは明らかに原油価格戦争をアメリカに宣戦布告した。ロシアは度重なるアメリカの経済制裁に長年耐えてきて、ロシア経済はそのたびに強くなってきた。トランプ大統領がたびたび邪魔をしてきたノルド・パイプラインも自力で完成にこぎつける。ロシアが仕掛ける価格戦争は壮絶な戦いになる。
 アメリカの誤算は、盟友であるサウジアラビアの変心であろう。サウジアラビアはロシアと違い、石油価格が低迷すれば国家財政の破綻の可能性が高まる。それでも増産に踏み切り価格戦争でアメリカに圧力をかける側に回ったことは、サウジアラビアとアメリカとの関係にも影を落とすことになる。

 中国との貿易戦争、新型コロナウイルスとの戦いに加えて原油価格戦争にも直面し、今こそトランプ大統領の真価が問われる。

2019/8/12 「トランプの大統領再選戦略と日本」
-ホルムズ海峡への自衛隊派遣ー

(川上高司 外交政策センター理事長・拓殖大学海外事情研究所所長)

 2020年の米大統領選挙の火ぶたが切って落とされた。トランプは大統領再選への勝利を最大の優先順位に位置づけた再選戦略がある。第一に経済、第二に中国とイラン、第三に北朝鮮である。
 
 第一の経済であるが、現在、アメリカは欧州債務危機や途上国での混乱、米中貿易戦争といったハードルを乗り越えて史上最長の経済を謳歌している。トランプの再選には一番の追い風である。しかし、米国経済はすでに後退局面に入ったとの分析もあり、問題は来年の大統領選挙まで米景気が持つかどうかである。

 その場合、米中貿易戦争の影響がトランプの再選にとってクリティカルになる。第二の中国であるが、米中の「殴り合い」は相互依存が深化した状況で行われているので双方ともに「へたり」始めている。一部投資家は米中貿易政策での不確実性が景気への影響が次第に顕著になると警告しアメリカの景気拡大が近く終わると予想している。そのことは大統領選挙に直結する。トランプもそれを実感してか米中貿易戦争の手綱をゆるめ始めた。G20時に開催された6月29日の米中首脳会談でトランプ大統領は中国への第四次制裁を延期した。

 ただ、中国に対する弱腰はトランプ大統領の失点となる。G20 サミットの直後、トランプは踵を返して北朝鮮へと飛んだ。そこでトランプは南北軍事境界線を挟み金正恩委員長と握手をした。北朝鮮との非核化交渉の再開を促し大統領選への得点となった。

 しかし、中国や北朝鮮との和解はワシントンでは弱腰と見なされる。そのためもあってかトランプ大統領はイランとは戦争を辞さずといった強行姿勢を一層鮮明にし始めた。

 トランプは昨年5月に一方的にイラン核合意(ICPOA)からの離脱表明をし、イランへの経済制裁を再開した。その後もホルムズ海峡でタンカーがイランの革命防衛隊に攻撃されたとし、空母打撃軍と爆撃部隊をペルシャ湾付近に派遣し、米軍を2,500人中東地域に追加派遣し緊張を高めている。その背後にはボルトン大統領補佐官らのBチーム(ボルトン氏、イスラエルのネタニヤフ首相、サウジのムハンマド皇太子)の影響も大きいとされ、イランとの戦争も辞さない様子である。

 そうした中、トランプはホルムズ海峡の原油輸入の経路にしている日本や中国などを名指しし「自国の船舶は自ら守れ」とツイートした。その後すぐ米政府から有志連合への参加の打診があった。日本は参加せざるを得ないのは間違いないが、そうなると、平時の場合は海賊対や海上警備行動で対処可能であろうが、有事になれば、対象もイランとなり安全保障関連法に基づく集団的自衛権の限定的行使や後方支援となろう。しかし、後者の場合はイランとの戦争に巻き込まれることとなる。そうなれば、戦闘途中で有志連合から離脱はできない。また、ペルシャ湾への有志連合に加わった場合、今後、南シナ海やインド・太平洋地域でも同じような事態が発生した場合には自衛隊を派遣せねばならなくなるであろう。日本にとってここは正念場である。
 

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