深 層 を 読 む(2018年)

2018/11/21 「3度目の正直」

(川上高司 外交政策センター理事長・拓殖大学海外事情研究所所長)

 タイム誌では毎年その年最も注目をあびた人「the Person of the Year」を選び、表紙を飾る。読者からの投票と編集部での選出結果から決定するようである。すでに読者投票は行われ、堂々の1位は韓国の人気バンドBTSだった。トランプ大統領は13位(得票率は2%)につけており、アマゾンのCEOやザッカーバーグらも名を連ねる。
 
 トランプ大統領はこの選出に意欲を示しており、20日にはツイッターで「俺の他にだれがいるというのだ!」とつぶやき自信満々である。2016年には「2016年の人」に名前が挙がったが、選挙の年であったことから政治的中立性を保つべく選出からは漏れた。2017年にはトランプ大統領自身から要請があったが、タイム誌はお断りをした。2017年は「#Metoo」運動が盛り上がったため、「女性」がその年の人となった。

 トランプ大統領にとっては3度目のチャレンジである。トランプ大統領はこのような「注目を浴びる」ことが大好きでたまらない。今年の「人」に選ばれれば、やはり自分が支持されているのだとさらに自信を深めるだろう。もっともトランプ大統領はメディアが大嫌いであるが、彼らからの栄誉には噛みつかないようである。

 トランプ大統領の人事は特に注目を集める。メラニア夫人のたっての希望で大統領安全保障担当副補佐官という高官を、ボルトン補佐官の反対にもかからわずクビにした時は、大統領の解雇には慣れている国民もさすがに仰天した。娘婿のクシュナーと仲のいいサルマン皇太子がカショギ殺害に関与している疑惑が持ち上がり国家安全保障会議のメンバーで湾岸諸国担当の高官がサウジへの制裁を主張したら解任されてしまった。どうやらファミリーでアメリカ政治を運営しているようである。

 国連大使のニッキー・ヘイリーは10月に辞任した。司法長官のジム・セッションは中間選挙後にあっさりクビになった。他にも解雇された高官は少なくないが、問題は国連大使の後任も決まっておらず、他のポストも空席のままであることだろう。優秀な人材が集まらないのである。

 トランプ政権の秩序と良識の要であるジョン・ケリーの解任も近いと噂されている。マティス国防長官も安泰ではない。2019年のアメリカはますますカオスへと突き進む予感しかない。
 

2018/11/8 「マイノリティが結束した中間選挙」

(川上高司 外交政策センター理事長・拓殖大学海外事情研究所所長)

 注目を浴びた中間選挙だったが、上院は共和党、下院は民主党が与党となりねじれた状態が今後2年間続くことになる。今回の選挙は「アメリカの良識が問われる」選挙となり、トランプ大統領に厳しい評価が下ったともいえる。CNNの出口調査から今のアメリカの様子がよくわかる。
 
 トランプ大統領の白人至上主義、女性差別、LGBT差別、移民排斥、の政策を反映しさらにトランプ自身が富裕層に属することから、今回はマイノリティ、女性、非白人、非富裕層がこぞって民主党支持に回った。下院選挙では、投票した女性の59%が民主党候補に投票した。男性の51%が共和党候補に投票したことからわかるようにトランプ大統領が女性を敵に回したことは間違いない。白人(72%を占める)は54%が共和党に投票したのに対し、黒人(11%)は90%が民主党を支持、ラテン系も69%が民主党を支持した。特に黒人女性となると92%が民主党へ投票した。
 
 宗教という点から見れば、プロテスタントの61%が共和党を支持した。一方ユダヤ教徒は79%が民主党に投票した。トランプ大統領はイスラエルよりの外交を展開しているが国内のマイノリティであるユダヤ教徒はトランプ大統領を嫌っているようである。福音派に限れば、白人福音派の75%が共和党を支持しており、トランプ大統領の支持層となっていることがよくわかる。非福音派の66%は民主党支持だった。
 
 経済状況からみると経済状況が良い(68%)と感じている有権者の60%が共和党を支持、苦しいと感じている有権者の83%が民主党支持に回った。ここでもトランプ大統領の支持層が明確である。
 
 このように今回の選挙はトランプ大統領への支持か不支持かという、信任投票といえるだろう。その意味では国民がはっきりと大統領に「NO」という意志表示をした選挙といえる。共和党の牙城であるカンサス州では知事選挙が同時に行われ、共和党候補が民主党のローラ・ケリーに敗退した。また、下院選挙で初めてのネイティブアメリカンで女性、さらにLGBTを公表したシャーリー・デービスが現職共和党下院議員を破って当選した。まさにマイノリティづくしのデービスが共和党のお膝元で当選するということに、トランプ大統領への怒りの深さを見る思いである。投票が国民の意志表示であるということを存分に知らしめた、アメリカ民主主義らしい選挙だった。

2018/9/5 「ブーメラン効果を発揮する貿易戦争」

(川上高司 拓殖大学海外事情研究所所長)

 中国やカナダ、メキシコとの貿易戦争はアメリカの農家を直撃した。アメリカは農産物を年間およそ1400億ドル、世界に輸出している。特にファーム・ベルト(FARM BELT)と呼ばれている、サウスダコタ、ネブラスカ、カンサス、ミネソタ、アイオワ、ミズーリは共和党の牙城である。だがトランプ大統領が仕掛けた貿易戦争のあおりを受けて共和党への支持が微妙になりつつある。
 
 特に打撃の大きかったのは中国へ輸出していた大豆であり、ミネソタ、ミズーリ、ノースダコタではそのため中間選挙では民主党との接戦となりつつある。トランプ大統領は農家へ120億ドルの補助金を拠出することを決定したが、年間140億ドルの大豆の輸出に対して120億ドルの補助金では「焼け石に水」となっている。

 農家は市場を世界に求めている自由貿易主義者が多い。とりわけ中国は13億人という世界最大の市場を持つ。アイオワ州は数十年かけて中国指導部との関係を構築してきており、そのつながりはいまでは深いものになっている。中国大使がアイオワ州の元知事のテリー・ブランスタッドであることがその関係の深さを物語る。トランプ大統領の貿易戦争はそれらの取り組みをぶち壊したのである。共和党への支持が揺らぐのは当然だろう。

 もちろん、打撃を受けてもトランプ愛が冷めることのない農家もいる。カンサス州では大豆や豚肉や日用品をカナダに輸出しており貿易戦争で打撃を被ったが、それでも支持は変わらないという。

 もともと民主党の牙城であるカリフォルニア州は対中国貿易が盛んだが、貿易戦争のためにナッツ類やワインなどがダメージを受け死活問題となっている。彼らは120億ドルの補助金がカリフォルニア州にはほとんど回ってこないと絶望している。トランプ大統領のことだから、おそらく自らの票田であるファームベルトへとつぎ込まれるだろうと考えているのだ。

 農家とて中国との貿易不均衡は知っているし、中国のやり方に問題があるのはわかっている。それでもあの巨大な市場はこの先も成長し続ける。その成長に乗って繁栄したいのが本音である。農業には長期的な成長を望むなら補助金ではなく「自由かつオープンな市場」が必要なのである。トランプ大統領は自らの支持基盤であるファームベルトの支持を失うと、中間選挙で共和党が敗北する可能性が高くなる。まさにブーメラン効果である。

2018/8/25 「ひとつの時代の終わり」

(川上高司 拓殖大学海外事情研究所所長)

 アメリカ上院議員であり共和党の重鎮であるジョン・マケイン氏が、悪性脳腫瘍の治療を断念した。彼に残された時間はわずかであろう。2017年から闘病生活に入り、昨年12月からはワシントンを離れて故郷のアリゾナで治療に専念していた。

 マケインは共和党に属しているが、党内でも「一匹オオカミ」と評され、党の方針より自分の信念を貫く人だった。ベトナム戦争では5年間の捕虜生活を送ったことから、ブッシュ政権の捕虜虐待問題では厳しく政権を批判し捕虜への虐待を許さなかった。この捕虜問題で当時のラムズフェルド国防長官は辞任に追い込まれた。トランプ政権でCIA長官候補となったジーナ・ハスペルがその捕虜虐待に深く関与していたことを理由に彼女の長官承認には強硬に反対した。一方でかれは好戦的であり、アメリカの他国への武力行使には積極的だった。マケインは強いアメリカを求め、真に国益を第一に考えた。

 だからこそ、トランプ大統領を真っ向から批判し厳しかった。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」が自己愛的でNATOや同盟国の信頼を損ない、アメリカの威信を傷つけることを懸念し続け先月までワシントンの同僚たちと電話で話し合うこともあった。彼は同僚たちに「トランプ大統領から目を離すな」と言い続けたという。

 権力におもねることなく大統領に対してですら「NO]といえるまさにアメリカ政治界の重鎮中の重鎮であり、おそらくトランプ大統領にとっては無視できないほどの影響力を持つマケイン氏が政界から去ることは、アメリカ政治の行く末に濃い霧がたれこめることになるかもしれない。

2018/8/1 「米露サミット後記」

(蟹瀬誠一 国際ジャーナリスト・明治大学教授)  

 トランプ米大統領とプーチン露大統領にはじつは共通点が多い。両者とも権力が大好きだが行政に興味がない。自らの正当性が脅かされることを恐れており、発言や行動の責任を問われることを嫌う。権力を維持するために平気で嘘をつき、質問されると巧妙にはぐらかす。

 これは米国で有名な雑誌ザ・ニューヨーカーの分析である。しかし、ヘルシンキでの米露首脳会談では両者の違いが明らかになった。旧ソ連の諜報機関KGBの工作員だったプーチン氏は各国の首脳と会う前に必ず相手のことを徹底的に調査し、周到な準備をする。ロシア・ソチの別荘でドイツのメルケル首相と会談した際にはわざと愛犬を同席させたくらいだ。少女時代に犬に噛まれたメルケル氏が犬が苦手なことを知っていたからだ。今回もトランプ氏の弱点を調べ上げたに違いない。

 一方、自分は誰よりも交渉に長けていると慢心しているトランプ大統領。外交は門外漢にもかかわらず準備らしい準備もせずヘルシンキ入りした。

 会談前から勝者は明らかだった。自信に満ちたプーチン氏は一切の妥協をせず、無知なトランプ氏を煽ててEU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)の同盟国と米国の間に楔を打ち込んだ。そして、ワールドカップで使われたサッカーボールとともに米大統領がいちばん欲しい「ロシアは米国の内政に一度も干渉していない」というひと言を土産に提供している。

 2016年の米大統領選へのロシア介入疑惑や大統領の司法妨害を調査しているムラー特別検察官が多数のロシア軍情報将校を起訴した直後だけに、トランプ氏にとっては力強い援護だったに違いない。

 よほど嬉しかったのだろう。人権侵害を繰り返しクリミアに軍事侵攻したロシアを批判するどころか、会談後の記者会見では自国の諜報機関よりもプーチン大統領を信用しているとの爆弾発言をした。これには米議会やメディアから猛烈な批判の声が上がった。「独裁者の前でこれほどみっともない真似をして、自分を貶めた大統領は今までいなかった」と、共和党の重鎮ジョン・マケイン上院議員は怒りを露わにしている。

 すると、トランプ氏はなんとわずか一日後に発言を撤回。あれはただの「言い間違い」だったと釈明した。正気の沙汰とは思えない。

 世界情勢に影響力をもつ両首脳が、通訳だけを交えた密室での2時間近くの会談でいったい何を話したのか。ロシア政府はトランプ大統領のどんな弱みを握っているのか。それがいちばん知りたい。おそらくセックススキャンダルよりもムラー特別検察官が追う金銭がらみだろう。(終)

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