特定非営利活動法人 外交政策センター(FPC)

理事長 川上高司( 拓殖大学海外事情研究所教授)

熊本県熊本市生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。ジョージタウン大学留学(指導教官はレイ・クラインCIA副長官)後、アメリカのフレッチャースクル外交政策研究所(IFPA)の研究員を勤めた後、故中曽根元総理の世界平和研究所で研究員を勤める。その後、新進党立ち上げの時に海部元総理の政策秘書。その後、ランド研究所の客員研究員となりMD(ミサイルデイフェンス)を研究。帰国後、防衛省防衛研究所の主任研究員を勤め冷戦後の米国の世界戦略を分析する。その後、北陸大学法学部教授から拓殖大学教授となり米軍再編、米国の人権外交、宇宙の安全保障などを研究する。その間、国際問題研究所客員研究員。神奈川県庁参与、参議院外交防衛委員会客員調査員、TBS News Bird特別キャスターをつとめた。現在、拓殖大学海外事情研究所教授、同大学院教授、NPO法人 外交政策センター理事長、中央大学法学部兼任講師。

川上高司時事解説

LinkIcon 宇宙を制するものは地球を制す―イーロン・マスクのスターリンクがウクライナ軍を勝利に導く―

 ロシアによるウクライナ侵攻開始から3カ月以上が経過した.ロシア軍は苦戦しながらも連日ウクライナ東部を中心に攻撃を続けている。しかしながら、その被害は甚大であり、ロシア軍の戦死者が約1万5000人、戦車など装甲車両も2000台超が破壊、ヘリや戦闘機は60機を超える損失がでているとされている 。
 その予想外の損失は、ロシア軍が宇宙空間での優位性を確保できないところにある。ウクライナでの戦争は、ウクライナという国で行われているアメリカとロシアの代理戦争であり、その「戦いかた」は従来の戦い方とは全く異なる。戦争で「情報」の価値は極めて高く、特に、宇宙を使った闘いが戦争を左右する。
 ロシア軍の動きは宇宙から丸見えであり、ウクライナ軍は米国の支援でロシア軍の戦車隊の正確な位置情報等を逐次把握できている。例えば4月上旬にはポーランドが保有する旧ソ連製戦車などが、ウクライナに向け車両で運搬される画像がSNSで出回った。
 今回の戦争でウクライナ軍がロシア軍の位置を正確に把握し、携行ミサイルのジャベリンやドローン攻撃でロシア軍の戦車など破壊しまくっているが、その戦況を有利にしているのが、イーロン・マスクの「スペースX社」の人工衛星の通信網「スターリンク」によるところが大きい。
 ウクライナ戦争の開戦前から通信網は真っ先に狙われるため、それを見越してウクライナのフョードロフ副首相兼デジタル転換相が「スペースX社」の創業者のイーロン・マスクに支援を要請した。イーロン・マスクは直ちに通信網を確保する支援を承諾し、「スターリンク」を利用するのに必要な衛星通信専用の地上端末も含め間髪を入れずに提供した 。
 「スターリンク」は高度数百~千数百kmの地球低軌道に多数の通信衛星を打ち上げ、地球上のどこでもブロードバンドのインターネットアクセスを提供するサービスである。英国のザ・タイムズの情報によると、ウクライナ軍はロシア軍へのドローン攻撃にスターリンクを積極的に活用し、ドローンチームと砲兵チームを連結し、対戦車兵器の発射精度を高めている 。5月12日にロシア海軍の黒海艦隊旗艦モスクワ号を沈没させたのも「スターリンク」が活用された 。さらに、ウクライナの戦場からの連日、世界中に配信されている映像も「スターリンク」が利用されている。
 通信では従来、高度36,000kmの静止衛星を使うが、静止衛星は地表から遠く双方向通信で高速ネット接続を行うためには強力な送信出力と、高感度の受信能力が必要となる。しかも地上局と衛星の両方に大型のアンテナと高出力送受信機が必須となる。
 一方、スターリンクでは高度559kmの低軌道衛星を使うため、地上の端末と衛星との距離がはるかに近く、静止衛星と比べて約1/63〜1/66となり、高速大容量のデータ通信が可能となる。このようにスターリンク衛星は対地通信能力および衛星間通信能力が非常に優れている。
 しかしながら、スターリンク衛星1機でカバーできるのは数100kmほどであるため、大量(数千機以上)の衛星を飛ばす「コンステレーション」を使う。「コンステレーション」のシステムでは「データのリレー」が行われる。そのため、地上端末の通信とつながる衛星を暫時切り替える。エンドユーザーの専用地上端末と衛星が通信し、さらにスターリンクの衛星が相互通信し中継を行う。そして、世界各地に設けられるグラウンドステーションから既存のネットにつながる。つまり、無線通信で構成されたインターネットの基幹回線が、地球全体を覆うことになるのである。  そのため「スペースX社」では、安定した回線品質のブロードバンドサービスを提供するため自社ロケットで非常に小さい衛星をロケットに一度に最大60機の小型衛星を搭載して打ち上げている。スターリンク衛星の打ち上げペースは2022年5月時点で2,500機を超え、今後は4万機という数の衛星を打ち上げる予定とされている。
 アメリカの国防総省もミサイル監視や情報収集のために「コンステレーション」のシステムを構築すべく取り組み始めた。日本でも防衛省が、極超音速滑空兵器の探知・追尾などの研究開発を進めるために、日米共同で宇宙に小型衛星の群れを配備しようという構想を持っている。
 ウクライナで始まった戦争への民間企業の参入は、全く新しいトレンドであり、今後の戦闘様式をますます変化させることになるであろう。

バイデン発言と台湾危機―「ルビコン川」を渡った日本―

 バイデン大統領の訪日は中国への抑止力強化となった反面、危機を煽るものとなった。日本では民主主義を護る最前線にたつことが改めて実感され、アメリカとともにウクライナ戦争でロシアと間接的に闘い、台湾をめぐりアメリカとともに中国との闘いに備える決意を岸田総理は示した。  そのきっかけは、バイデン大統の5月23日の日米首脳後の共同記者会見にある。バイデン大統領は記者から、「台湾防衛のため軍事的に関与する意思はあるか」と問われ、「イエス。われわれの責務だ」と明言した。中国が台湾に侵攻すれば台湾防衛のために「軍事的に関与する」とのバイデン大統領の発言が、アメリカ政府の真意であれば、台湾政策の方向転換の宣言となり、中国に対して明らかな挑戦状を突きつけることになる。
 歴代の米政権は、台湾有事の際の対処を明らかにしない「あいまい戦略」 を踏襲してきたがこれを逸脱するものとなり、会見場で発言を聞いていたブリンケン国務長官やサリバン大統領補佐官らにとっても予想外の発言だったらしい。ホワイトハウスはその直後に火消しを行うべく、ロイド・オースティン国防長官が「(台湾)政策に変更はない」と釈明し、台湾問題に関する米国の「一つの中国」政策に変更はないと表明した。
 しかし、時はすでに遅しー、バイデン発言は「中国をいたずらに挑発する」「抑止を強める」と賛否の声が巻き起こり、大きな波紋を呼んだ。キャンベル国家安全保障担当調整官は、中国の警戒心をあおり「重大な欠点がある」とし、ポンペオ前国務長官は「中国を混乱させれば攻撃を誘発する」述べ、政治学者のイアン・ブレマーは「中国は外交姿勢を硬化させるだろう」と発言した 。また、日本では自民党の佐藤正久外交部会長が「米国のこれまでの『あいまい戦略』から一線を越えた発言だ。大統領の本音が出た」とし、「最高の失言をされた」と述べた。
 一方、バイデン発言に対する中国側の反応は早かった。中国は、「戦略爆撃機」を日本近海を飛行させた。しかもロシアの爆撃機もこれに呼応した。領空侵犯はなかったものの、中国軍のH6爆撃機はロシア軍のTU95爆撃機とともに日本周辺を共同飛行した。H6とTU95は共に核搭載可能な戦略爆撃機である。
 しかも、中露の戦略爆撃機の日本近辺での示威行動は、クアッド首脳会談が開催されている最中の24日に併せて行われただけに、中国はウクライナ戦争でロシアと連携する意図がある」という強いメッセージとなり、その見返りにロシアは「台湾有事の際には参戦する構えがある」という意思を示したことになる。  今回のバイデン大統領の訪日は、台湾有事の際に最前線となる日本への梃子入れをし、クアッド首脳会合への出席と経済的な「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」(注) の発足で中国を抑止することにあった。ところが、バイデン大統領の思わぬ発言で、一気に緊張感を高める結果となってしまった。
 「ここまでバイデン氏が発言した以上、中国の武力による台湾統一、尖閣諸島有事に備え、日本自身が外交防衛力をさらに強化する」(佐藤代議士)ことになり、岸田総理は、日米首脳会談で日本の防衛費を増額し「反撃能力を含めあらゆる選択肢を排除しない」と宣言した。日本は「ルビコン川を渡った」のである。
(Tokyo Postより)
(注)バイデン大統領が、2021年10月に東アジアサミットで提案。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に代わる経済の枠組み。中国の影響力拡大に対抗しアジアでの経済面での協力、ルールの策定が主な目的。

「核と平和」を国会の場で議論すべき時だ

18世紀の戦火のヨーロッパから3世紀を経て

 18世紀の哲学者イマヌエル・カントは、戦争が絶えないヨーロッパ情勢を憂い、「永遠平和のために」を世に問うて「世界の恒久平和はいかにしてもたらされるべきか」を論じた。当時の18世紀ヨーロッパでは、国家間の紛争が頻発。国民が戦争を忌避し平和を希求する一方、国家間のエゴが対立しあい、一部権力者たちによる軍備拡張や戦費の増大がとめどなく進んでいた。
 我々も今、出口がなかなか見えてこない戦争に直面し、平和を実現することは不可能なのかという絶望感も漂い始めている。欧米側は、プーチン大統領が始めた戦争であり、ロシアが戦争をやめない限りウクライナへの支援は継続するとする。そしてロシアを二度と侵攻できないよう「弱体化」させる必要があると断言している。
 一方、ロシア側は自衛のための戦争であり、ウクライナがNATO加盟をすることは自国の安全保障の危機的状況であるとの認識にたち、かつウクライナはロシア人であり同一民族の救出のための自衛の戦争であると位置づける。
ここにきて現状は、膠着状況に陥り戦争は長期化する傾向が強くなり、しかも西側のウクライナに対する高度な武器供給のためロシアの戦争計画は遅延し、プーチン大統領は追い詰められている。

ロシア核使用の可能性

 そのような中、プーチン大統領は4月27日の演説で、第三国がロシアに戦略的脅威を与えようとした場合は「ロシアは他国にない兵器を保有している。必要なら使う」と述べ、核兵器の使用にたびたび触れるようになってきた。
ロシアのドクトリンでは「ロシア連邦の国家安全保障にとって危機的な状況下での通常兵器を用いた大規模な侵略への対応として、核兵器を使用する権利を保持する」(注1)とあり、ウクライナ戦争が欧米の介入(軍事支援、経済制裁等)で(自国ウクライナへの)大規模な侵略と判断した場合には核兵器を使用するとある。
 さて、ロシアがウクライナ国内で非戦略核(注2)を使用した場合には、NATO(米国を含む)はNATOの加盟国ではないウクライナに対する集団的自衛権発動の 一環としての核の報復を含む直接介入は行わない可能性が高い。
 その場合も想定され、米国の核の傘である「拡大抑止」の必要性の強化をすべく「核シェア」(注3)がわが国でも論じ始められている。

核拡散は世界を不安定化するのか、それとも戦争回避させるのか

 もし日本が「核シェア」をすれば、それば核兵器の拡散につながり、世界を不安定化するというスコット・セーガンに代表される論議につながる。核保有国がロシアや北朝鮮のように一個人の判断で使用される場合、理性的な判断が退けられる可能性がある。また、民主主義国であっても文民統制が貫徹されればよいが、軍事組織に対するチェックアンドバランスの機能が失われた場合は危険である。したがって、核による戦略的安定を確保し核拡散は抑えるべきだという論議である。
 一方、これに対してケネス・ウォルツは核こそが戦争を回避させる究極的手段であり核保有国の拡散は戦略的安定をもたらすと論じる。(⇒スコット・セーガン、ケネス・ウォルツ著「核兵器の拡散」、川上高司監訳、勁草書房)ウォルツの言うように、もしウクライナが先にNATOに加盟し「核シェア」を供与されていた場合はロシアの軍事侵攻を抑止していたのかもしれない。北朝鮮の核保有に対しては韓国や日本が核保有した方が地域的安定に寄与するし通常兵器の軍拡競争は抑えられると論じる。
 オバマ大統領は、「核のない世界」を訴えてノーベル平和賞を2009年10月に受賞したが、その元となったプラハ演説(2009年4月)では、「核のある世界」もその前提条件とした。すなわち、「核のない世界」を目指すべき目標として掲げるが、現実を見据えた「核のある世界」へ対処することを訴えた。そしてオバマ政権ではソ連崩壊後の抑止力の有効性低下のため、不拡散体制を強化することをことが提唱された(注4) 。
(Tokyo Postより)

ウクライナ戦争の裏にある「宗教戦争」

 プーチンの信念は「ルスキー・ミール」(聖なるロシア)に依拠し、クリミア併合やウクライナ侵略の正当性を主張する根拠となっている。ロシア正教会とプーチンの関係、またバイデン大統領の信仰にいたるまで、ウクライナ戦争の裏に横たわる宗教観について論考する。(拓殖大学教授・川上高司)
 プーチン大統領は現在「プーチンの世界」に引きこもり、そこには誰にも立ち入ることができない。いかに、戦況が悪化しても独自の信念に基づき今後の決定を下すであろう。
 プーチン大統領の信念とは、「欧米は30年にわたってロシアの利益を無視してきた」という悔しさ、特に、旧ロシア圏のウクライナ、ジョージア、モルドバといったロシアの持つ特権的勢力圏での利益が脅かされているという考えである。さらに、2014年の親欧米派勢力によるウクライナでの政変についても「欧米の内政干渉」だとして、「ウクライナ民族の利益を考えていない」と自身の主張を展開している。
 これをプーチン大統領は、2021年7月12日の論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」で自分の考えを明らかにしている 。そこでプーチン大統領は、ソ連の崩壊により2,500万人のロシア人がロシアの外側に取り残され、「20世紀における最大の地政学的惨事」とし、ロシア人とウクライナ人は「歴史的に一体」であるがゆえに、ウクライナを独立した国家として認めていない。

プーチン大統領の信念は「ルスキー・ミール」にあり

 このプーチンの信念は、「国境を越えたロシア領域と文明がある」という「ルスキー・ミール」(聖なるロシア)の考え方に根ざしている。「ルスキー・ミール」にはウクライナ、ベラルーシや世界中のロシア人とロシア語を話す人々を含み、その中にウクライナのキエフは「共通の精神的中心」に位置づけられている。それだけに、プーチン大統領にとりキエフ奪回は非常に重要なこととなる。
 ソ連が崩壊し、ロシアをどのように復興させるかがプーチンの使命であり、ソ連という共産主義というイデオロギー国家が崩壊した後に、国家のイデオロギー的空白を埋めるために「ルスキー・ミール」という市民宗教を紐帯としてロシアの統一を図ったのである。そこにプーチンは拠り所を見いだしている。
 プーチン大統領は「ルスキー・ミール」という大義を掲げ、ロシアのクリミア半島併合(2014年3月)、ウクライナのドンバス地域での代理戦争(2016年7月)、そして今回のウクライナ侵攻を行ったが、それをロシア正教が全面的に支持しているところに大きな強みがある。
 ロシア正教会のモスクワ総主教のキリル1世は、ロシアのウクライナ侵攻後の3月6日に、「ドンバス地方のロシア人たちは、退廃した欧米文化に長年苦しんできた。その救済のためにプーチン大統領はウクライナへの特別軍事作戦を行っている」と全面的に支持した。さらに、ウクライナ戦争は、「正義と悪の黙示録的戦い」であり、その結末は「神の加護を受けられるか否かという人類の行方を決めることになる」とまで述べている。
 また、ロシア正教会の教えはロシア軍にも浸透し、軍の愛国心を高め士気を鼓舞する。シリア内戦ではロシア正教会はロシア軍を少数派のキリスト教徒を守るための「十字軍」だとして熱心に宗教的に擁護した。
 ロシア正教とプーチン大統領は切っても切れない関係にあり、プーチン政権下で勢力をつけている。プーチン政府をロシアのキリスト教文明の守護者とみなし、プーチン大統領の「ロシア帝国の復活」の夢を正当化する役割を持つ。

米露の戦いの裏の「宗教戦争」-分裂するロシア正教

 しかし、キリル総主教がプーチン大統領のウクライナ侵攻を前面支援したことで、ロシア正教会の中で深刻な分裂が起こっている。ウクライナ正教会 (モスクワ総主教系) のベレゾフスキー大主教(キーウ府主教区)は、プーチン大統領に「戦争をやめるように」と要請し、エボロジー大主教(モスクワ総主教系)は、キリル総主教のための祈りをやめるよう配下の司祭に指示を出した。
 ロシア正教会の信者は全世界で1億1,000万人(約9,500万人がロシア国内、約1,500万人が国外)いて、そのうち、ウクライナには約3,000万人の正教徒がいる。ウクライナの正教会信者の多くはロシアが主導する「ウクライナ正教会(モスクワ総主教系)」に属しているが、ウクライナには相当数のカトリック信者のほか、モスクワからの独立を求める「ウクライナ正教会」の信者がいる。
 ウクライナでは「ウクライナ正教会」(モスクワ総主教系)と別の2つの正教会に分裂していて、分裂や再統合を始めているのである。モスクワ総主教系とたもとを分かつのが完全独立系「ウクライナ正教会」である。
 そして、ギリシャ正教会のコンスタンチノープルのエキュメニカル総主教であるバルトロメオ1世は「ウクライナ正教会」の独立を2019年に認めたことがこれに拍車をかけ、ロシア総主教のキリル1世との対立を決定的にした。このことが今回のウクライナ侵攻に隠された宗教上の争いである 。
 プーチン大統領側のキリル1世と、バイデン大統領側のバルトロメオ1世の対立は熾烈を極める。地政学上の争いの裏では宗教紛争が展開されているのである。
 バルトロメオ総主教は2021年10月に米国のホワイトハウスを訪れバイデン大統領と約1時間にわたり会談を行った。そこでは、ウクライナ正教会のロシア正教会からの独立承認をめぐり、モスクワ総主教区とエキュメニカル総主教間で鋭く対立したことにつき意見が交換された 。
 周知のように、バイデン大統領はケネディ大統領に次ぐ、史上2人目のカトリック信者の大統領である。バイデン大統領は10月29日、バチカンを訪問し、ローマ教皇フランシスコと会談している。アメリカが、バチカン、コンスタンチノープルといった教会と連携し、モスクワ包囲網を形成する布陣ともなっているのである。

ウクライナ戦争への「出口戦略」を早急に考えるときがきた―これ以上の戦争犠牲者を出さないためにー

 ロシア軍によるウクライナのキエフ近郊のブチャとその周辺区域で行われた「ブチャ虐殺」は戦争犯罪の可能性が極めて高く、世界に衝撃をもたらした。
 ウクライナの検察当局はロシアの占領地域での「ブチャを含むキエフ近郊の複数の地域で410人の犠牲者が発見された」と3月3日に発表した。これが事実であれば、ロシア軍が2月27日にブチャに侵攻した後、撤退するまでの約1ヶ月間の占領期間中に軍事的に必要性のない民間人の殺戮を行ったこととなる。戦闘ではなく、占領中に非戦闘員が殺戮されているという事実は世界に衝撃を与えている。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は4月5日に国連安全保障理事会で、「ブチャ虐殺」は「第二次世界大戦以来の最も恐ろしい戦争犯罪」であると非難した。これを受けて、国連総会ではロシアの人権理事会の理事国資格停止の決議を4月7日に賛成多数で決議した。国連の安全保障理事会常任理事国が国連機関の資格停止をされるのは前代未聞のことである。
 ロシア軍による非戦闘員である非武装の住民の虐殺は戦時国際法上、明確な戦争犯罪であり、違法な武器の使用にあたることは明白である。さらに、その後もロシア軍が「戦争犯罪を行っている」ことが次々と明らかになるにつれ、人道上、こういったロシア軍の残虐行為を欧米諸国が一刻も早く止めるかが喫緊の課題となっている。
 ロシア軍の戦時国際法違反の事実は、合法的な武力行使を行っているウクライナに、正当に武器供与をできる根拠となった。そのため、欧米諸国はウクライナ軍に対してさらなる最新鋭の武器を提供することになる。しかしながら、このことがさらなる戦争の激化を招くことは明白である。
 欧米は、現在の戦闘の即時停止という「出口戦略」ではなく、ウクライナ軍を支援してロシア軍の侵攻を阻ませ戦闘を長期化することにあるようだ。その間、欧米諸国は厳しい経済制裁でロシア経済に打撃を加え、さらに戦闘の長期化は戦費をかさませ、ロシア軍人の犠牲者を増やしロシア国民に厭世気分を蔓延させプーチン政権の弱体化を狙っていると考えられる。

ロシアを追い詰めることで分断される世界

 しかしながら、欧米がロシアを追い詰めれば追い詰めるほどウクライナ戦線での民間人の犠牲者は増し、化学兵器もしくは戦術核の使用の可能性が高まることになろう。さらに、米国の中国、北朝鮮それにイランといった権威主義国への経済制裁はそれら諸国の結束を強めているのが現状である。
 現に、先述したロシアの人権理事会の理事国資格停止の決議の蓋をあけてみると、反対票と棄権は82票であり、これに無投票を併せると100票となり、賛成票の93票を上回っている。このことは、世界の半分以上の国家が欧米のやり方に賛成していないということになる。いうまでもなく反対や棄権に回った国々はこれ以上の「紛争」ではなく、「平和」を望んでいることになる。もし、これ以上、欧米の民主主義側と中ロの権威主義国側の対立が深化すれば、世界は二分され、冷戦時代に逆行することとなろう。
 今回の決議で棄権に回ったメキシコは「資格停止は解決策ではない。戦時中もロシアの指導者と対話を継続すべきだ」とした。また、中国は「分裂を悪化させ、火に油を注ぐだけだ」とし、カンボジアは、「国連機関からの排除は状況を悪化させるだけだ」との見解が相次いだ。今、問題なのはウクライナ戦争からの「出口戦略」であり、第三次世界大戦や、欧米を中心とする民主主義国家連合と中露を中心とする権威主義国家連合の二つに真っ二つに割れた「冷戦の復活」ではないことは明らかであろう。

「出口戦略」をどう見出すかが鍵

 この時点での多くの専門家の予測は、プーチン政権はウクライナ戦争で泥沼に脚をとられる形でロシア軍は追い詰められているというものである。ロシアに対する「制裁」を強化すれば、プーチン政権の地盤が弱まり、崩壊するか、もしくは和平交渉がウクライナ側に有利に進展すると分析をする。
 ただ、ロシアに対する「制裁」にはまだまだ抜け穴が多く、限界があると考えられる。さらに、戦争が長期化した場合、より多くのウクライナでの民間人の犠牲者が出るばかりか世界経済に大きなダメージを及ぼすであろう。しかも、これまでの経過を見る限り、欧米諸国がロシアに対する「制裁」を科せば科すほど、ウクライナ戦での「戦闘のエスカレーション」、さらには「中国を含むロシア側陣営の強化」といった傾向がみられる。さらに、ロシア国内でのプーチン大統領の人気はむしろ上がっている。
 よく言われるように、この戦争は「プーチンの戦争」である。プーチン大統領のウクライナ侵攻への根拠は、「ロシア人とウクライナ人が一つ民族である」(3月3日、国家安全保障会議での発言)というその信念を持ち、それは宗教的にもしっかりと支えられている。ロシア正教会の最高主導者であるキリルモスクワ総主教は、「ロシア人とウクライナ人は、一つの民族である」(3月9日、モスクワの大聖堂での説教)と全面的支持を宣言しているのである。それはロシア正教に支持された、ロシア帝政時代の国家感によるものであるとも言えよう。
 現在、プーチン大統領は特にウクライナの東部地域は「絶対ゆずれない」地域であるという信念を持ち、これに従って、ロシア軍はマリウポリを含む東部2州に戦力を集中、完全制圧を狙っている。一方、欧米からさらなる最新鋭の武器の供与を受けたウクライナ側軍は徹底抗戦を行うであろう。その結果、ロシア軍に包囲された東部エリア内部の民間人の犠牲が拡大しかねない状況です。戦闘が長期化すればするほど、ロシア軍の化学兵器や戦術核といった大量破壊兵器使用の可能性を各段高めることになる。
 そう考えた時、ウクライナ戦争からの「出口戦略」は、ウクライナ軍を支援し徹底抗戦させ、戦争を長期化させプーチン大統領を追い詰めることではない。今、求められるのは、ウクライナ戦争からの早急なる「出口戦略」であり、これ以上の民間人の死者や戦争の拡大は何としても阻止すべきであることは明白である。

プーチン・ドクトリンと「歴史の終わり」―試される民主主義同盟-

 ロシアのウクライナ侵攻から1ヶ月弱が経過したが、ロシアのプーチン大統領の当初のもくろみは達成できていない。ウクライナ国民は断固としてロシアに対し抗戦を続けているし、民主主義国諸国の結束はますます固く、プーチン大統領を締め上げている。
もう少しで、民主主義国が再び勝利することになるかもしれない。
もう少しで、民主主義国が再び勝利することになるかもしれない。第二次世界大戦後は、米ソを中心とする東西の二つの対立するブロックによりヤルタ体制が固定化された。その後、1989年のソ連の崩壊により、欧米諸国はアメリカを中心とする民主主義同盟を目指した。特にヨーロッパでは「一つの自由なヨーロッパ」の形成を目指しNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大が続いた。

プーチン・ドクトリンで読み解く「プーチンの今後」

 一方、プーチン大統領は現在「プーチンの世界」に引きこもり、そこには誰にも立ち入ることができない。いかに、戦況が悪化しても独自の深淵な信念に基づき今後の決定を下すであろう。 
プーチン大統領の論理は、「欧米は30年にわたってロシアの利益を無視してきた」というものであり、特に、旧ロシア圏のウクライナ、ジョージア、モルドバといった特権的勢力圏でのロシアの利益が脅かされているというものである。さらには、2014年の親欧米派勢力によるウクライナでの政変についても「欧米の内政干渉」だとして、「ウクライナ民族の利益を考えていない」と自身の主張を展開している。
これをプーチン大統領は、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文で自分の考えを明らかにしている(クレムリンHP、2021年7月12日)。そこで、プは、ソ連の崩壊により、2,500万人のロシア人がロシアの外側に取り残され、「20世紀における最大の地政学的惨事」と述べる。そのうえで、歴史的にロシア人とウクライナ人は「歴史的に一体だ」と主張し、ウクライナを独立した国家として認めていない。
このプーチン・ドクトリンでは、「ロシアは、中国や北朝鮮などの各国の権威主義政権を擁護し民主主義国家を弱体化させること」が目的とされる。さらに、「ソ連の崩壊という過去の結末を覆し、民主主義同盟を分裂させ、冷戦後に起きた地政学的惨事を解消する」というものである。そのドクトリンに基づき、ロシアの安全保障を守るという大義を掲げ、冷戦後の秩序を書き換えようとしてプーチン大統領はウクライナ侵攻の命を下した。

プーチンはどのように幕を引くのか

 しかしながら、ウクライナ侵攻での緒戦での勝利に失敗し、予想外の多大な戦費とロシア軍人の死傷者、それに思いもかけない兵器の損失に直面している。戦闘とウクライナ側との交渉は「コインの裏表」であり、ロシア軍がある程度の戦果を収めれば妥協点もみいだせようが、現在、ロシア軍はウクライナ軍の反撃にあい苦戦している。話し合いは行われたとしても、ロシア側の求める要求をウクライナ側が飲むまで破壊活動は継続されるであろう。
ウクライナ侵攻の失敗の大きさが明らかになる中で、プーチン大統領は窮地に追い込まれている。政権内の各派閥の互い、国民の反戦運動、それにクーデターの可能性もあり、誰をも信用せず、権力を維持するために戦いを継続せねばならなくなるだろう。プーチン大統領にとりウクライナを屈服させ、メンツを失わない形での早期解決をウクライナに求めることが重要となろう。
その場合に考えられるのは、化学兵器や戦術核兵器の使用である。現に、プーチン大統領が3月27日に核戦力を含む核抑止部隊に高度警戒態勢を取るよう命じている。
この点、昨年末にロシアのウクライナ戦に対して創設されたバイデン政権の「タイガー・チーム」は、プーチン大統領がウクライナで大量破壊兵器を使用した場合の対策をすでに立てている。その対応策は極秘とされているが、米国もNATO軍も核による報復はしないと考えられる。戦術核の場合は2キロ四方だけに被害を限定することも可能であり、ロシア軍がウクライナ国内で戦術核を使用する限りはNATOおよびアメリカは「核による報復ではない、報復をする」と言われている。
しかし、もしロシアの戦術核がウクライナ国内で使用されてしまえば、アメリカやNATOの抑止力が全く効かなかったということになる。その結果、いくつかの影響がでよう。
第一は、限定的な破壊規模の小さい戦術核であっても、「核の使用」の敷居が下がることになる。第二次大戦後、核兵器は使われない兵器として最後の抑止力を担保するためのものとして存在してきた。それが、使用されたとなれば、核の領域における考え方が一変される。
第二は、NATOに加盟してない諸国は「見捨てられる」という恐怖からNATOへの加盟の動きが一段と増すかもしれない。ジョージアやモルドバなどのプーチン大統領がロシアの特権勢力圏だと考えている国々がそうである。これらの国々は今回のウクライナ紛争の帰結によっては「第二のウクライ」ナになりかねない。さらに、北欧・バルト諸国でNATOに加盟していないスウェーデンとフィンランドからすでに加盟の要望がでてきている。これら諸国はヨーロッパにおいてはロシアとNATO諸国の緩衝地帯として存在しているため、もし、NATO加盟となればロシアとの緊張は一層高まることになろう。
第三は、アメリカの核の傘(抑止力)の信憑性が問われることとなる。今回のロシアのウクライナ侵攻とその成り行きは、そのまま、中国の台湾や尖閣への侵攻の類似系となり、日本や韓国を始めとするアメリカとの同盟国に動揺をもたらすことになるであろう。すなわち、中距離弾道ミサイル数で圧倒的有利に立つ中国が核の抑止も十分にあると誤認し、通常兵力による攻撃をより積極的に台湾や尖閣に対して行使する可能性がたまることになる。特に、我が国にとっては、いかに抑止力を担保するのが喫緊の課題となろう。

アフター・ウクライナー鍵を握る中国の動向ー

川上高司「The Tokyo Post 2022年3月15日より」

 ロシアのウクライナ侵攻はどのような結末を迎えるであろうか。今、問われるのはアフター・ウクライナ、すなわち「ウクライナ後の世界」である。

「アフター・ウクライナ」の行方

 ユーラシア・グループ*は、今後3カ月でロシアがウクライナを制圧できず紛争が「泥沼化するシナリオ」の確率を55%、「収束に向かう」確率は30%と分析する。このシナリオのいずれかになるかはここ数日で方向性が見えてくるであろう。
 3月15日時点で、ロシア軍はウクライナ首都キエフへのミサイル攻撃を行い、市街戦を開始し早期制圧を目指しているが、西側陣営からの武器等の支援を受けたウクライナ軍の予想外の抵抗にあい、苦戦を強いられ「泥沼化」の様相が強まっている。
 ロシアのウクライナ侵攻はウクライナ人を奮い立たせた。国際世論はウクライナ側にあり、武器支援や義勇軍への参加者が続々とウクライナ入りをしている。仮にロシアがウクライナを支配したとしても反ロゲリラ勢力は残るであろう。ロシアはそのため、多数の兵力をウクライナに展開し続けねばならないことになり、ただでさえ厳しいロシア経済は逼迫し、兵隊の犠牲者も増加するであろう。事実、第2次世界大戦後に旧ソ連がウクライナ西部に残った独立派を完全に制圧するのに3年もかかっている。
 この状況に対して苦戦するプーチン大統領は、早期解決を目指している。ウクライナ紛争が長引けば長引くほど、経済・金融制裁がロシア国民を苦しめプーチンの支持率は低下する。しかも2024年には大統領選挙を迎える。ロシア国内では通貨ルーブルの価値が暴落し、米欧の制裁による経済的混乱が生じている。プーチン大統領にとって、ウクライナ侵攻は「時間との闘い」となっている。
 そのため、徹底抗戦の構えをみせるウクライナ政府に対して、戦況を一新しようとクラスター爆弾を使用したのに加え、化学兵器の使用、さらには戦術核を使用、チェルノブイリやザポリージャの原発などへのさらなる攻撃の可能性も高まっている。ウクライナでは、ロシア侵攻の時点で15基の原発が稼働している。
 ウクライナ国内で化学兵器や戦術核が使用されれば国際法上の違反どころか人道上到底許容されることではない。もし、プーチン大統領がそのような行為に出て、ゼレンスキー大統領が拘束され傀儡政権が樹立されたとしても、国際社会はそれを認めることは決してないであろう。しかも、国際的支援を受けたウクライナ国内の反ロシア勢力からの抵抗は長く続くであろう。
※編注:政治リスクを専門とするコンサルティング会社

紛争解決は中国が「カギ」

 ロシアにとりウクライナ制圧が長引けば戦費がかさみ、武器弾薬の補給すらままならない状況になる。ただでさえアメリカを中心とする民主主義陣営からの制裁を被っているロシア経済が持たない。ルーブルは紙切れとなり、西側企業はロシアから撤退し、プーチン大統領やオリガルヒの海外資産は凍結され、ロシア国民の生活は逼迫している。このため、戦争に反対するロシア国民の検挙がうなぎ上りに増えている。
 現在、窮地に立たされているプーチン大統領の「頼みの綱」が中国である。逆に言えば、中国の出方次第で世界の情勢は一変する。もし、中国がロシアを援助しロシアとともに民主主義同盟に挑戦してきた場合、世界は冷戦時代に後戻りしよう。
 中国は、ロシアのウクライナ侵攻前の2月4日、北京オリンピックの開会式に参加したプーチン大統領と共同声明を出し、ロシアの立場(①ウクライナ危機におけるNATOのさらなる拡大に反対、②NATOの東方不拡大の法的保証)を支持した。さらに、ロシアからの天然ガス輸入を確約し、ロシア産小麦の輸入拡大も決め、ロシアを経済面から支援することを約束した。このように、中国はロシアとともに米国の弱体化という共通目標の下で「共闘態勢」を構築してきた。かつての冷戦時代の中国・ソ連陣営とは異なり、ロシアは欧州の重要なガス供給国となり、中国はアメリカを凌ぐばかりの大国へと変貌を遂げた。今回ばかりは、民主主義陣営は分が悪い。もし中露が同盟関係にまでなれば、「今日のウクライナは明日の台湾」となりかねない。
 一方、中国はウクライナ侵攻に対して軍事的報復にでなかったアメリカの様子や、ロシアのウクライナ侵攻に対する経済・金融制裁でのロシアの経済的損失や軍事的損失を静かに観察している。
 ウクライナ戦争が泥沼化し、一段と厳しさを増す欧米の経済・金融等の制裁でロシア経済が今後急速に悪化したり、国内でのプーチン大統領の立場が危うくなったりする場合も十分に考えられる。習近平国家主席は、プーチン大統領のウクライナ侵攻により、ロシアに巻き込まれる形で世界を敵に回しかねないリスクを抱え込んだのである。
 秋に行われる5年に一度の共産党大会で国家主席の3期目の続投を目指す習近平は経済の安定を最優先する。ここでロシアと協同歩調をとれば、欧米諸国の経済制裁はさらに厳しく課せられることとなろう。中国が「ロシア寄り」と見られることで国際社会での習近平のイメージを悪化させ、ひいては国内的立場が弱くなると感じた場合、ロシア切り捨ても考えられる。
 そのような状況で、中国の動向が状況を左右するとみたアメリカは3月14日にサリバン大統領補佐官が中国の楊潔政治局員14日会談をもち、ロシアから中国への軍事物資支援の要請への懸念を示すなど中国への懐柔政策を始めた。もし、中国がロシア支援を決めた場合、欧米を中心として発動されたロシアへのSWIFTが同じように中国に対して発動される可能性もある。中国は思案のしどころである。
 この機を逃さず、岸田政権は中国に対してウクライナ戦争への解決に向けての仲介の働きかけを積極的に行うべきである。

欧米の対ロ経済制裁は有効なのか?―「力なき外交」の限界―

川上高司「The Tokyo Post 2022年2月23日より」

 ロシアのウクライナ進攻危機に対して、米国を中心とするG7や欧州安全保障会議からは力強さが全く感じられない。いくらロシアを非難しようと、「力なき外交は無力である」。そこには軍事的抑止を最初から放棄する「弱さ」しかない。

欧米の「弱腰な」対ロ制裁と露中接近

 欧米諸国はロシアがウクライナに侵攻すれば、「(ロシアの)最大かつ最も重要な金融機関に激しい圧力」を科すという警告を繰り返すばかりである。米国を始めとする民主主義同盟諸国はロシアのハード・パワー力(軍事力)に対してソフトパワー(金融・経済力)で抑止しようとしているが、どこまで有効なのであろうか? ロシアの仕掛けるオールドメインウオフェアー(超限戦)に対して全く形成不利である。
 さらに、ロシアは中国と戦略的パートナーとしてオールドメイン(外交・国防・情報・財務当局などのすべての領域)で共同歩調を取り始めた。北京オリンピック後は、「今日のウクライナ」は「明日の台湾」危機につながりかねない。今、民主主義同盟連合は危機に瀕しているが、その切り札をバイデン政権は「軍事的措置でない代償」で抑止しようとする。そのオールドメインでの戦いを米国のサリバン大統領補佐官率いるタイガーチームがホワイトハウスから展開している。タイガーチームは、ロシアによるウクライナの一部併合から大規模侵攻、体制転換に至るまで、あらゆるシナリオを想定した分析を行っている。

ホワイトハウスが検討する対ロ制裁シナリオ

タイガーチームの考える非軍事手段による抑止は、第一に、ロシアの収入源の大部分を占める天然ガスパイプラインの稼働阻止、第二に対ロ輸出管理の強化、第三にロシアの主要銀行とのドル取引停止などの制裁措置と推測される。

1.天然ガス輸入ストップ

 第一の制裁はロシアの収入源の天然ガス輸入のストップである。ロシアは石油、天然ガス、石炭などのエネルギー輸出により収入の大部分を得ているため「チョークポイント」(弁慶の泣き所)となる。しかしながら、EUは、天然ガス輸入の約3分の1をロシアに依存している。したがって、もし制裁が発動されることになれば、既に高騰している欧州のエネルギー価格が制裁発動でさらに上昇する恐れがある。また、バイデンチームは、ロシアの天然ガスをドイツに供給するパイプライン「ノルドストリーム2」の開通阻止も考えている(※)が、そうなればドイツおよびそれを支援してきた欧州企業も大打撃となろう。
 しかも、ロシアはこの制裁を見越して、中国との天然ガスの輸出を拡大する契約を結び、ガスパイプラインも次々と開通させる。中ロ首脳会談では、天然ガスの合意がなされ、ロシアは中国に天然ガスを年間100億立方メートル追加供給し、計480億立方メートルにする。実現すれば、20年のパイプラインによる供給実績の実に10倍に膨らむ。欧米の制裁がさらに中露接近を促している状況がみてとれる。
※編注:ドイツのオーラフ・ショルツ首相は2月22日、「ノルドストリーム2」の承認作業を停止すると発表した。

2.最先端技術の対ロ輸出規制

 第二は、先端技術の対ロ輸出規制である。米国は同盟国と連携し、半導体や量子コンピューター、人工知能(AI)関連などの先端技術を対象とする。これらの製品は中国からの代替調達が難しく、ロシアの軍事・航空宇宙産業に打撃を与えることができる。また、ロシアは、軍事転用が可能な技術やソフトウェアのみならず、スマートフォンや主要な航空機・自動車部品、その他多くの分野の原材料の輸入禁止となれば、軍需・民間産業のみならず消費者や産業活動、雇用に大きなダメージを与えると考えられる。しかしながら、日本などからの輸出も規制対象となり、発動されれば世界の供給網に影響が広がる。

3.金融制裁

 第三は、金融制裁である。特に、世界の銀行決済取引網である「国際銀行間通信協会(SWIFT)」からロシアを締め出すのが最大級の制裁となるとされる。SWIFTは欧米主導で約200カ国、約1万1000の銀行、証券会社、証券取引所が参加する国際送金のためのデータ通信システムである。ベルギーに本部があるSWIFTは数兆ドル(数百兆円)にのぼる世界の銀行間の送金、決済に関するメッセージのやり取りを担っている。
 そのSWIFTがロシアの最大級の金融機関のズベルバンク(ロシア貯蓄銀行)、VTB銀行、ガスプロムバンク、アルファ銀行、ロシア直接投資基金などに的を絞った制裁を行っただけでも、ロシア経済に大打撃を与えると言われる。これに対して、ロシアは、米ドル、米国債、米国を拠点とする金融機関から外貨準備を分散させ、2021年でロシア中央銀行が保有するロシア全体の準備金のうちドル建てはわずか16.4%しかなく、3分の1はユーロ建てである。さらに、ロシアは2014年にクリミア半島併合後に西側諸国から制裁を受け、ロシア独自の決済システム「SPSF」を立ち上げ、国内送金の20%は「SPSF」を利用している。そして、金・外貨準備が6300億ドル(約72兆円)相当に達し、一定期間は制裁をしのぐ財政余力もあるといわれる。

相互依存の進んだ2022年世界の「グレートリセット」は

 ロバート・コヘイン※とジョセフ・ナイ※が「Power and Interdependence(パワーと相互依存)」※を表わし来るべき「相互依存」の世界を予測したのは1977年であった。その時代は米ソ間に核戦争勃発の危機はらむ「冷戦」の真っ只中の時代であったが、国際政治学者の二大巨匠は冷戦後の世界を見通した。来るべき時代では米ソ間に「相互依存」が深化し、相互依存の切断は相互に被害をもたらすであろうと論じた。
 それから20年が経ち、ソ連は崩壊した。フランシス・フクヤマが「The End of the History(歴史の終わり)」を執筆し、共産主義体制と民主主義体制の相克の時代は終わリ、民主主義世界が勝利をおさめたと宣言した。そして、「パックス・デモクラチカ(民主主義による平和)」(ブルース・ラセット)がきたとまで豪語された。
 はたせるかな、それからさらに20年が経過した現在、共産主義体制は復活し、今や民主主義体制が崩壊の危機を迎えている。2022年の現在は、冷戦崩壊時よりもさらに世界中の相互依存関係は深化した。ナイやコヘインの予想をはるかに上回る「複雑相互依存」の世界が現在誕生している。その理論を適応すれば世界的に相互依存関係が深化した現在、欧米がロシアに対して経済制裁を行うと欧米自体体も大きな損失を受け、やがては世界恐慌や大規模戦争の引き金になりかねないということになる。
 そしていま、「核爆弾の選択」に匹敵するとまでいわれるSWIFTの発動を欧米がロシアに対して検討中であり、その発動は間近であると言われている。SWIFTによるロシアの銀行の締め出しは、商取引のある世界中の銀行にも大きな影響をおよぼし世界恐慌の引き金をひきかねない。それは複合的に相互依存が深化した世界社会に思いもかけぬ「グレートリセット」をもたらすであろう。

危機迫るウクライナと台湾にどう向きあうか!?―民主主義同盟の危機

川上高司「The Tokyo Post 2022年2月11日より」

 民主主義同盟がロシアのウクライナ攻勢と中国の台湾攻勢で大きくチャレンジを受けている。
 ウクライナはロシアのプーチン大統領にとって欧米の「東方拡大」へ対する地政学上の最後の砦である。一方、台湾は中国の習近平国家主席にとって核心的利益にあたり、米国の「西方拡大」に対する守りであり、ここをとれば太平洋へ自由に出入りが可能となる。
 ここに来て、問題は中国とロシアが戦略的協調態勢をとり始めたことにある。アメリカを筆頭とする民主主義同盟国はいかに、この危機を乗り切るのかが問われている。

米露のもたらす「危機の時代」―ウクライナと台湾

 中露はもともと東側陣営の同盟国であり、戦略的な地政学的類似性も外交手腕も極めて似かよっている。
 地政学的な戦略的類似性であるが、ロシアにとってウクライナはソ連時代の領土の一部であり、特にクリミア半島の港湾都市セバストポリは、黒海から地中海に抜けるロシア黒海艦隊の戦略的に重要な拠点である。冷戦末期にアメリカは「冷戦終結後もNATOの東方拡大はない」と確約した経緯がある。ウクライナはロシアにとって旧ソ連圏のなかでも経済、人口ともに最大の国家であり、欧米の「東方拡大」に対するいわば最終防衛ラインである。そのウクライナがNATOに加盟しようとしている。
 一方、中国の習近平国家主席にとって台湾は米国の「西方拡大」へ対する地政学上の要石である。1972年の米中共同宣言で台湾は中国に帰属することが認められ米軍は台湾から撤退したが、1979年の米台関係法で台湾は実質的に独立を確保している。米国はトランプ政権になってから経済安全保障という名目で台湾をとりにきている。台湾は半導体の最大の生産国であり、ここを米国に押さえられれば中国の目指す「中国製造2025」(中国内の半導体自給率を2025年までに70%に引き上げる)は達成できなくなる。台湾は中国にとっての「核心的利益」にあたり、その台湾に対して米国は国連加盟を呼びかけている。
この積極的リアリズムに基づく民主主義同盟国の行動は、防衛的リアリズムに立つ共産主義同盟国にとっては違う観点に立つわけである。

中露の「棍棒外交」とその目的

 外交的手腕の類似性は、米中両国とも「棍棒外交」を展開していることにある。「棍棒外交」とはもともとアメリカのお家芸であり、セオドア・ルーズベルト大統領のとった「穏やかに語り棍棒で脅して外交目的を達成する」というものである。
 現在、ロシアはウクライナの東部国境沿いに10万人以上の自国軍部隊を展開させ、野戦病院や燃料集積所まで造営している。ウクライナ北側のベラルーシには、ロシア軍「大隊戦術集団」を展開した。ウクライナ軍を東方面と北方面に二分させ首都キエフを脅かす二正面攻撃の準備をしているとされ、ロシアは介入準備を完了させた状態にある。
 一方中国は、たびたび台湾の防空識別圏(ADIZ)に中国軍機を頻繁に飛来させたり、近辺で軍事演習を重ねたりすることにより、米国や台湾の独立派に対して警告を発している。台湾の邱国正国防部長(国防相)は、台湾海峡の軍事的緊張は過去40年以上で「最も深刻」だとしている。中国は北京オリンピックが終わるまでは軍事的介入はないが、その後は不透明である。
 この中露両国は、アメリカなど民主主義同盟に対して共同で戦略的に「ゆさぶり」をかけているのである。
 その目的は、第一にバイデン政権の反応をみることにある。すでに、バイデン大統領はロシアが「小規模な軍事侵攻」をした場合には軍事的対応ではなく、経済制裁を科すと述べている。その場合、中国は「小規模な軍事侵攻」(例えば、台湾の離島の奪還)くらいでは米国は軍事的対応はしないと考えるであろう。
 第二に、西側同盟の絆を分断することだ。欧州連合(EU)諸国はロシアからの天然ガス供給に自国エネルギーの大半を依存する。ドイツなどは、ロシアが懲罰報復としてエネルギーの供給をストップする可能性があるため米国との共同歩調はとれないかもしれない。フランスやイタリアも怪しい。
 第三に、11月8日の中間選挙でのバイデン大統領の率いる民主党の敗北を狙う。バイデン政権がロシアのウクライナ攻勢、もしくは中国の台湾攻勢に対して何ら具体的な対策をとれず、もしは成果がでなかった場合、両国の勢いが増す。その場合、民主党が中間選挙で敗北する可能性は高く、米議会は共和党が牛耳ることとなり、「ねじれ現象」(民主党の大統領、共和党の議会)が起こり法案の成立が極めて困難となる。そうなればバイデン政権は弱体化し、民主主義国の結束は弱まることとなる。

軍事的手段をとらないアメリカの報復措置はどれほど有効か?

 ロシアがウクライナに軍事侵攻した場合、バイデン大統領は対抗措置として「軍事介入はとならい」とすでに明言している。その代わりに金融・経済制裁を準備している。14年のクリミア侵攻での対ロ制裁は対応が遅く効果がなかったため、今回は「即座に最大限の制裁措置を講じる」(米政府高官)とされる。
 制裁ケースの第一は、ロシアの主要銀行との国際取引を停止するもの。世界の通商は米国の銀行システムに連結しているため、ロシアの主要銀行は外国金融機関と取引ができずロシア経済に深刻な打撃を与える。
 第二は、世界各国の銀行間で資金決済のために必要な「SWIFT コード」からロシア銀行を閉め出す措置で、ロシアは資金決済ができないため貿易は難しくなる。
 第三は、ロシアからの石油・ガスの輸入停止である。ロシアは国家予算の36%を石油・ガスからの収入に依存しているためロシアに致命的なダメージを与える。しかしながら欧州連合(EU)諸国は消費量の約3分の1をロシアに依存しているため大打撃を受ける。そのため、バイデン政権は、中東、北アフリカ、アジアなどの複数の国にEU諸国の不足分の供給を求める協議を行っている。もし、ロシアの供給分を他国が補うことができれば、ロシアがEUへのエネルギーをストップした場合に備えることが可能となる。
 この点に関しては、年間550億立方メートルの天然ガスを欧州に送ることができる「ノルドストリーム2」のパイプラインの起動中止がある。パイプラインの稼働を遅らせることで、ロシアは数百億ドルの収入を奪うことになる。
 その他の制裁ケースには、ロシア基幹産業向け部品サプライチェーンの遮断やプーチン大統領および側近グループの海外資産の凍結などが考えられる。また、先端技術の対ロ輸出規制も考えられ、日本からの輸出も規制対象となり、発動されれば中国に次いでロシアとのデカプリングとなり「世界の供給網」に影響が広がる。
 いずれのケースにおいても、アメリカの対露制裁措置は、ロシアとの相互依存が深化する欧州や日本などの民主主義諸国がどれだけ足並みを揃えることができるかにかかっている。

アメリカは民主主義を貫けるか。鍵握るバイデン政権の「人権外交」

川上高司「The Tokyo Post 2022年1月28日より」

 ジョー・バイデン政権は《「人権」はアメリカ外交の中核である》と公言してはばからない(ブリンケン国務長官2021年2月)。アメリカにとって「人権」は核心的なものであり、その「人権外交」は中国やロシアの共産主義に対抗するための「錦の御旗」である。

1.アメリカにとっての「人権」

そもそも民主主義の中核をなす「人権」なくしては、アメリカの国家そのものが成り立たない。ジェファーソン大統領が独立宣言で民主主義の基本を述べ、それが憲法に反映された国家である。アメリカとは、世界中から「自由」の国アメリカを目指しやってくる移民が作り上げた国家である。アメリカの総人口に占める人種構成は、2020年時点で白人は57.8%、ヒスパニック系18.7%、黒人12.1%であり、白人の割合が年々減少し、21世紀半ばには白人はマイノリティーとなる。
 その多民族国家を結束させているのが「民主主義」である。したがって、民主主義という「錦の御旗」が無くなれば、アメリカは崩壊する。
 もともと、アメリカは「神の国」を作ろうとピューリタン(清教徒)がイギリスから米東海岸のプリマスに植民して出来た民主主義国家である。その後、アメリカは世界各国から「自由」を求めてやってくる移民国家として発展した。したがって、多民族国家をまとめるのは「民主主義」であり、その要素を欠けばアメリカは分裂する。
 アメリカは現在、分裂の危機にある。その背景には、白人至上主義を掲げたトランプ政権にあり、バイデン政権になってからも解消はされず、昨年11月8日の中間選挙に突入する。現在、米国では一部の州で黒人などマイノリティーの投票権を事実上制限しようとする動きや、2020年に全米で拡散した人種差別への抗議運動BLM(ブラック・ライブズ・マター)もアメリカの分裂の要因となっている。
 そして、その解決の処方箋は「人権」にある。「人権」を今一度アメリカ国民に想起させ、民主主義の重要性を米国の同盟国・友好国に思い出させ、アメリカを中心とする「神の世界」を取り戻すことにある。事実、バイデン大統領は12月9日の「民主主義サミット」で、米国の民主主義を「社会の分断を癒やす継続的な闘い」と述べ、現在の米国内での民主主義の危機を訴えた。

2.人権外交の復活

 外交政策でみるならば、第一次世界大戦を経て、ウィルソン大統領が国内政策だけでなく対外政策においても、民主主義という価値が重要な要素だと唱え、多くの国家が賛同してきた。 ウィルソン大統領は、1918年に「14箇条の原則」で、道徳性と倫理を基盤とする民主主義外交を主張した。それまで多くの諸国が外交政策の指針は自己の国益だけだと考えていたのに対して異を唱え、それ以降、民主主義が世界秩序を形成するとしたのである。 その後、「民主主義国家」のアメリカは西側の代表として、「社会主義国家」を代表するソ連と冷戦を戦い勝利を収めたのである。政治学者のフランシス・フクヤマは冷戦終結で「歴史は終わった」と宣言したのであるが、中国の台頭を見た。 アメリカの伝統的な人権外交を真っ向から否定したのが、トランプ前大統領であった。中国との争いに対して、トランプ大統領は「民主主義」対「共産主義」との闘争とはみずに、「覇権争い」として対峙した。そして、従来のNATOなどの民主主義同盟は無視し、アメリカ一国のいわゆる「パワー・ポリティクス」で中国との新冷戦を開始した。 トランプ大統領は「人権」を軽視する一方、国益を全面に出すアメリカファースト(米国第一主義)の外交政策を展開した。そのため、民主主義同盟は希薄化し、国連や北太平洋条約機構(NATO)などこれまで冷戦後、アメリカが作り上げてきた秩序は崩壊の危機にあった。 その立て直しをバイデン大統領は行っている。
 バイデン大統領は就任演説で、民主主義を無視したトランプ前大統領政権に対して、「米国内で民主主義が勝利を収めた」と宣言し、「民主主義を守る」決意を表明した。これは、民主主義同盟国と修復を行い世界秩序を取り戻す意志表明であったが、これは中国やロシアへの対抗海外向けのメッセージだけではなく、民主的価値を否定する世界への影響力拡大を図っていると、民主的な同盟国・パートナー国にむけた協調へのメッセージだ。 バイデン大統領は、トランプ政権で離脱した条約や協定を復活させ、民主主義外交を復活させる。事実、大統領就任と同時に、トランプ大統領が行ったアメリカファースト(米国第一主義)の政策を大統領令で再転換した。

3.バイデン政権の「人権外交」の人事

 1942年生まれのバイデン大統領は「民主主義」の重要性を躰の芯まで叩きこみ、冷戦時代を勝ち抜いた勇者である。そして民主党の重鎮中の重鎮であり、遅咲きに大統領となった。しかし、その信念である民主主義の重要性を自らの人生に刻み込んだ「信念の人」であり、最後の生き残りといってもいいかもしれない。
 バイデン大統領は、大統領就任早々、トランプ大統領が2018年に離脱した国連人権理事会のオブザーバーへの復帰を行った。
 人権外交を支える閣僚は女性やマイノリティーが任命された。国連大使に黒人女性のリンダ・トマス・グリーンフィードを据えた。そして、国家安全保障局(NSC)に民主主義・人権担当調整官を新設し、全米民主主義基金のシャンティ・カラシル、国務省では国務次官(民間人保護・民主主義・人権担当)に超党派国際ネットワークのAfP(Alliance for Peacebuilding)会長兼CEOのウズラ・ゼヤ、米国際開発庁(USAID)長官に元国連大使のサマンサ・パワーを指名した。また、カラシルはチベット問題担当の特別調整官も兼務する。
 また、バイデン政権には政治的にはリベラルだが、人権や民主主義のための米国の軍事介入を支持するスクールを「リベラル・ホーク」が多い。
 大統領の右腕であるアントニー・ブリンケン国務長官も「リベラル・ホーク」であり、ホロコーストを体験した東欧系ユダヤ人の継父の影響で、ブリンケンの人道的介入主義が形成されたと言われる。ブリンケンは、クリントン政権で働いた後、バイデンが上院外交委員長の時にスタッフとなり係わりあいを持った。その後、オバマ政権で国家安全保障副補佐官を務め、人道的介入論者としてシリア内戦やリビア内戦への積極関与を強く推し進めた。
 さらに、「リベラル・ホーク」には、国務省副長官に次ぐナンバー3の政務担当国務次官に、ビクトリア・ヌーランド元NATO大使が指名された。彼女の夫はネオコンの論客のブルッキングス研究所上級研究員ロバート・ケーガンである

4.バイデンの人権外交

 バイデン政権の直面する最大の課題は、中国との多岐にわたる力関係である。トランプ政権はアメリカ一国で展開する「パワー・ポリテイクス」であったが、バイデン政権は同盟国とともに展開する「バランス・オブ・パワー」である。台頭する中国に対してアメリカ一国ではヘッジできなくなっているため民主主義同盟を用いるのである。
 バイデン政権は、従来の民主党政権に特徴的な非軍事的な「ソフト・パワー」政策を展開する。その中核にリベラルな「人権外交」がある。これは、軍事力によるハード・パワーをとる共和党政権とは異なる。
 そして、バイデン政権の「人権外交」は、国際政治における対決の手段として展開される場合と、人権という価値の浸透という2つの側面がある。前者の場合は制裁となり、後者の場合はクリントン政権で展開された関与政策となる。
 バイデン政権の対中人権外交は、前者と後者の2つの側面が交錯するがどうしても前者が浮き彫りとなる。
 その戦略は、「新疆ウイグル」と「香港」を具体的な救済すべきターゲットとして、民主主義陣営で中国への圧力を加えることにある。その目的は中国に人権を改善させるとともに民主主義諸国を束ねることにある。また、新疆ウイグル自治区は綿花などの国際的サプライチェーンともなり、そこに関与する日本などの西側企業のあぶり出しともなる。
 バイデン政権は、昨年12月にウイグル強制労働防止法案に署名し強制労働で生産されたものではないと企業が証明できる場合を除き、中国・新疆ウイグル自治区からの産品の輸入を禁止したりしている。そして、その運動は中国のサプライチェーンをデカップリングする経済安全保障政策とも結びつきながら同盟国や友好国をも巻き込み民主主義同盟の対中政策として展開されつつある。
 しかしながら、人権を前面に掲げることは、同盟国との連帯を強化することになる一方で、中国やロシア、それに北朝鮮といった権威主義国の連携を強めさせることにもなる。
 中国は早速、経済的つながりの深いイタリアやフランスなどに民主主義同盟の結束を寸断すべく、アプローチをかけている。また、米国との相対的パワーの増大を行う中国は、積極的に経済力を用いながら、「人権」の相対化を行っている。
 中国にだけ人権外交を繰り広げるのかという相対化を問うているのである。バイデン政権の初期に起こったミャンマーの政変があり、それは民主化への道を逆転させるものであったが放置した。アフリカや中東地域で人権状況が後退しているがこれも見て見ぬふりである。本当にアメリカは人権が侵害された諸国や地域に軍事的バックアップを行うのか、が疑問視されている。香港での人権や民主主義の抑圧に対してアメリカはなすすべを知らなかった。
 また、中国はアメリカ国内の人権問題にも堂々と指摘するようになった。国際社会での人権規範を堅持させるためには、アメリカ国内で人権が損なわれないように対応することが不可欠となる。テロ対策を強化することで、イスラム系国民や移民の人権が侵害され、治安強化が行われ、マイノリティーの人権が侵害された。また、メキシコとの国境を乗り越えようとする難民・移民を馬に乗った警察官が追い払うという状況や、
 「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命を軽んじるな)」をスローガンとするデモ隊を全米で警官隊や州兵が暴力で制圧している事など枚挙にいとまがない。
 これらの、人権外交をめぐる米中の相克を民主主義国家はどうみるか、バイデン政権の「人権外交」の手腕が問われている。現在、中間選挙を目前に控えたバイデン大統領の支持率は、33%という最低のものでありどう支持率を回復するかも大きな課題である。

「平成」から「令和」へ

川上高司(2018/05/11)

 「平成」から「令和」と元号が改められ日本は新たな時代に入る。元号は紀元前の古代中国で使い始められたもので、日本や朝鮮半島、ベトナムに伝えられたが中国では現在使われていない。元号は紀年法と称され、皇帝や王など君主の即位毎に変わる有限の元号は日本のみであり明治以降、天皇一代につき元号1つの「一世一元」を採用している。
 日本では大化の改新(645年)時に「大化」が用いられたのが最初であり、それ以降1000年以上にわたり元号を継承し続けている。「令和」は「人々が心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という意味らしい。日本の元号が素晴らしいのは、儀礼的な存在にとどまらず、市民の生活に密着している点であり日本という国家の一体性を維持してきたことは間違いない。
 新たな「令和」の典拠は、万葉集巻五に収録された梅花の宴の歌の序文「于時、初春令月、気淑風和(時は初春の令き月にして、気は美しく風は和らぎ)」にあり、大伴旅人を中心とするグループが詠んだとされる。史上初めて、元号が漢籍ではなく国書から採用された意義は大きい。
日本は戦後、「昭和」から「平成」を経て「令和」の時代へと移行する。「昭和」の時代は、日本は敗戦を経験し独立へと向かった。そして東西冷戦に巻き込まれ、朝鮮戦争、ベトナム戦争など幾多の戦争を経験した。一方、日本は高度経済成長を迎え米国に次ぐ第二位にまで上り詰めた時代であった。
 その「昭和」の終わりを、私は中曽根総理と迎えた。忘れもしないが、1989年1月7日午前6時に昭和天皇は崩御され、その様子をみながら我々は中曽根総理のもとに集まり今後の世界の行く末を案じた。果たせるかな-、それから間もなくベルリンの壁が11月にあっけなく崩れ東西冷戦が崩壊した。
「平成」はそのようにして始まり、新たな世界秩序が模索された。しかし米国同時多発テロ以降「テロとの闘い」が開始され世界は闇に覆われた。一方、日本はバブル経済で米国経済を一瞬ではあるが抜き「Japan As NO1」を経験した。しかしながら日本国内は平成の時代の末期には大震災に見舞われた。
 そして平成の終わりに米国を中国が凌駕しはじめ世界は混迷期に突入した。「令和」の時代に日本はどう存続するかが問われる。

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