国際情勢を読む

ヨーロッパ・ロシア 

◎ポーランドによる米軍の恒久駐留誘致提案のもたらすもの(2) 

細田 尚志(2018/10/8) 

 本件に関し、マティス国防長官は、米軍部隊のポーランド国内への恒久駐留の可能性について両国が真剣に検討中であることを認めた上で、依然として最終決定は下されていないとしている。しかし、仮に、ポーランドへの米機甲師団の恒久配備が現実のものとなった場合、当然、バルト三国やルーマニア、ブルガリアも、同様の要請をして「米国を傭兵化する動き」に追従する可能性があり、依然として旧東欧諸国を自国の影響圏として認識し、そこでの影響力を再興することを目指すプーチン・ロシアの反発は必至である。
 
 さらに、この動きは、NATOの東方外縁部をめぐる米露の勢力争いに止まらず、欧州諸国内部に深刻な分断と対立を生じさせることも懸念される。米国は、これまで、軍事的なコミットメントだけではなく、エネルギー供給を通じて欧州における米国のプレゼンスや影響力を拡大しようとしてきた。例えば、バルト海・黒海・地中海の三つの海を結んだ線の中にある旧東欧諸国12カ国におけるインフラ整備、エネルギー安全保障体制の強化を目的としてポーランドとクロアチアのイニシアチブで2016年に発足した地域協力フォーラム「三海イニシアチブ(Three Seas Initiative)」を通じて、米国産シェールガスをロシア産天然ガスの代替資源として売り込み、米国の影響力を拡大しようと試みている。このイニシアチブにおいて、ポーランドは、米国産シェールガスの欧州側分配拠点となることを目指し、ロシアとの安定した関係構築により軍事費拠出を抑えて経済発展に集中したいメルケル・ドイツの進めるノルド・ストリーム2パイプライン建設(第二バルト海海底パイプライン計画、現在建設準備中)を米国とともに批判してきた。
  
 この三海イニシアチブに対して、ドイツやフランス、ベルギー等からは、ブリュッセルを中心とするEU内に西欧とは異なる地域を形成し、欧州を旧欧州と新欧州に分断する試みであるとの批判も聞かれる。そして、このイニシアチブを主導するポーランドは、欧州懐疑派の与党「法と正義」が2017年に進めようとした司法改革が、司法の独立を即なうとEUから痛烈な批判を浴び、第二次大戦中にナチスのホロコーストにポーランド人も加担したとの批判を規制する反ホロコースト法の成立に対しても修正主義だとして欧州内外から批判が集まっている。つまり、ポーランド・米関係の親密化は、言い換えれば、ポーランドの欧州内での孤立化から生まれた必要性とも読み取れるのだ。ただし、中・東欧諸国や南東欧諸国によるブリュッセル中心主義に対する反発は、現在でも確実に存在する西欧諸国による旧東欧諸国に対する「二等EU加盟国」扱いや軽視に対する反発という側面も含まれていることは無視できない。
  
 本年7月のNATOサミット出席したトランプ大統領は、GDP比2%を国防拠出するというNATO目標に達していない加盟国を批判して同盟に対する貢献を求めたほか、ノルド・ストリーム2を推進するドイツを「(エネルギー依存を深める)ドイツはロシアの捕虜となった」とこき下ろした。欧州諸国が取りまとめたイラン核合意を破棄して対イラン制裁を強化するなど、「アメリカファースト」理論を振りかざすトランプ大統領が、欧州諸国と価値観を共有しているのか疑わしい場面が増加したことによって、NATOを通じた米国の欧州防衛に対するコミットメントや同盟の信頼性に疑義が生じていると指摘される。確かに、欧州では、米国に依存せずに欧州の戦略的自律性を確保すべしとの議論が盛んである。ウォルトは、「Why Alliances Endure or Collapse(1997年)」で、同盟の解体につながる要因として、脅威認識の変化、パワーシフト、同盟の信頼性低下、国内政治の変化等を指摘している。ただし、欧州諸国の軍事能力は、精密誘導兵器、戦力投射能力、相互運用性、兵站能力等、極めて限定的であり、共通の戦略思想や脅威認識も含め欧州独自軍が欧州防衛の要になるには長い年月と莫大な資金が必要であることは明白で、米国頼みの欧州防衛はこの先も続くだろう。
 
 ポーランドの恒久配備提案を米国が受け入れた場合、ロシアへの配慮を取りやめるという意味以外に、米国のコミットメントが、同盟の戦略的な必要性からではなく、受け入れ国によるホストネーションサポートの提示額で駐留形態やその内容が決定されるようになることも意味する。これは、米軍の抑止力に依存する日本にとっても懸念される事態である。また、欧州の防衛が、NATOという集団防衛機構ではなく、米国との二国間関係の文脈で処理されて米国の中心とする有志連合の形態になることは、これまで以上に、NATOの同盟としての信頼性を損なうだろう。ポーランドは、どんなに米国との関係を強化したところで、NATO第5条の行使を決定するのは、米国だけではなく、同盟国であることを忘れてはならない。

ヨーロッパ・ロシア 

◎ポーランドによる米軍の恒久駐留誘致提案のもたらすもの(1) 

細田 尚志(2018/9/30) 

 9月18日、ホワイトハウスでトランプ大統領と会談したポーランドのドゥダ大統領は、欧州安全保障情勢やエネルギー安保政策について意見交換し、増大するロシアの軍事プレゼンスに対抗するために、すでにポーランド国内に4千人規模の部隊をローテーション駐留させている米国のコミットメントを評価する一方で、ポーランド国内に米軍を恒久駐留させることを要請した。また、会見後の記者会見でドゥダ大統領は、ポーランドは米軍基地を開設する為に20億ドルを拠出する用意があること、基地開設が実現した場合、それを「フォート・トランプ」と命名する考えであることを(リップサービスではあろうが)表明した。
 
 これに対し、トランプ大統領は、「ポーランドが我々の部隊の恒久基地のために数十億ドル支払うと言うので、我々は、その可能性を真剣に検討している」、「欧州の豊かな国々は、米国が欧州を防衛することを期待する一方で十分な経費負担を我々に支払っていない。その点、ポーランドの提案は素晴らしい(下線部は筆者追加、そもそもNATO諸国の国防予算はアメリカに対する上納金ではない)」と、NATOの2%国防拠出目標を達成できないでいるNATO欧州諸国を暗に非難する一方で、ポーランドの提案を評価した。
 
 これまでも、カリーニングラード駐留戦力の増強及びバルト海や北極海における活動頻度の増加に見られるロシアの軍事的脅威に直面する(と主張する)ポーランドは、ことあるごとに、対ロ抑止力としての米軍の国内駐留を要請している。確かに、家族を伴った恒久駐留こそが、米国の防衛コミットメントを担保する、いわば「人質」として最も確保しておきたい配備形態であることは理解できる。特に、2018年5月、ポーランド国防省が、『ポーランドにおける米軍の恒久駐留受け入れ提案』を発表したことを受けて、米議会は、恒久駐留の可能性を探るための調査を国防総省に命じたが、米国防総省は、恒久駐留には基地のみならず米兵家族のための住宅や福利厚生施設等も必要であるとして慎重な姿勢を見せてきた。
 
 この提案書によると、ポーランドは、ロシアの脅威に柔軟に対応する抑止力を確保するとともに米国のロシアに対する明確なメッセージを発信するために、①NATOの枠組みの中で米陸軍一個機甲師団乃至はそれに相当する部隊の恒久駐留を受け入れることを米国に提案し、②駐留受け入れに必要な基地や住宅インフラの建設に15〜20億ドルを拠出すること、③すでに様々な税金の免除対象である米軍のみならず、インフラ建設に参画する米国企業に対しても免税措置を導入すること、④米国企業によるインフラ投資等は、ファーストトラック(各種手続きの簡略化)の対象とすること、⑤米軍部隊や構成員によるポーランド政府や国防省、地方自治体の有するインフラへのアクセスや利用を許可し、⑥地政学的条件からポーランド中北部クヤヴィ=ポモージェ県の県都ブィドゴシュチュ市や県議会所在地のトルン市等を配備候補地とすることなどを提案している。但し、提案書には、住居光熱費や水道代、現地従業員の給与等の年間駐留経費の負担等については特に言及はされていない。
 
 この米軍部隊の恒久配備は、「NATO新規加盟国領土内に実質的な戦闘部隊の恒久配備はしない」とした1997年のNAT0・ロシア基本文書の内容に抵触する可能性がある。もちろん、ポーランドは、この基本文書が法的拘束力のない文書であることや、基本文書の前提条件である「現在及び予見しうる近い将来の安定した安全保障環境」が、ロシアによる2014年のクリミア併合やウクライナ東部における分離主義者への支援によって根底から覆っていることを指摘し、基本文書の効力自体を否定している。しかし、米国は、クリミア併合やウクライナ東部の分離独立闘争に動揺するNATO新規加盟国に対する「欧州安心供与イニシアチブ」を通じた米軍部隊の旧東欧地域への展開に際し、(予算上の制約を理由に)家族を伴わない兵士のみの半年間や9カ月間のローテーション配備を基本としてきた。しかし、これは、オバマ政権が、バルト三国、ポーランド、ルーマニア、ブルガリアからの恒久配備要請に対し、ロシアの反発を恐れて、ローテーション配備でお茶を濁してきた結果とも言えよう。(続く)

ヨーロッパ・ロシア 

◎情報飽和時代の情報戦(2) 

細田 尚志(2018/9/25) 

 確かに、米国は、過去、「世界の警察官」として、様々な紛争に顔を突っ込み、代理戦争の一当事者を支援するのみならず、様々な場面で直接的に軍事介入してきたが、その行動や軍事力を、各国が自国国益を追求するために利用・積極的に支援してきたのも事実である。自由と民主主義の旗印の下、多くの国が自己犠牲を払って米国中心のシステムの維持に努力してきた。しかし、昨今の米国第一主義を掲げるトランプ政権による、パリ協定否定等に見られる世界の主導的役割からの降板や、長年の同盟国すら米国益の踏み台に過ぎないという姿勢により、米国や、米国を中心としてバランスを取ってきた各種システムの正当性が崩れ去りつつあることは、大変憂慮される事態である(米国の覇権に挑戦する国にとってはチャンスであるが…)。
 
 核戦略の泰斗アルバート・ウォルステッターの夫人で、同じくランド研究所の研究員であったロベルタ・ウォルステッターは、『Pearl Harbor: Warning and Decision(1962年)』の中で、日本による真珠湾攻撃の意思を正確に読み取れなかった米国の情報機関や政策決定者たちの分析を通じて、政策決定者は、様々な情報源からの情報の中で、欺瞞情報と正確な情報を区別する困難と、雑多な情報や背景(noise)の中から重要な兆し(signal)を見出す困難に直面すると指摘した。これが、「ウォルステッターの罠」乃至は「ウォルステッター・モデル」と呼ばれる、正確な情報を収集・分析・判断する際につきまとう難しさの指摘である。 
 
 しかし、ウォルステッター・モデルのもう一つの核心は、偽情報と正確な情報を分別・分析して情報の曖昧さを補正するプロセスは、結局、敵状分析に関する現状の想定を支える都合の良い情報を中心としたsignalにのみ目を奪われやすい人間が行うという点を指摘したことであろう。つまり、彼女は、日本の攻撃可能性を低く見積もり、仮に攻撃が生じてもアジアの英領かフィリピンに対する攻撃にとどまると分析した当時の例を通じて、人間は、現状が変化しないということを前提とした情報に目が行きがちだと指摘したのである。
 
 複数の情報源がもたらす情報が相反する場合に、どちらを重要なsignalとすべきか判断しにくくなる。これは、政策決定者のみならず、一般国民でも同様である。その際に、何を根拠に最終的な判断を下すのか大変興味深いところだが、結局は、その人間の属する(又は、より長きに亘って属した)社会における現状維持の価値観が投影されるのだろう。これにより、チェコにおけるソ連の介入経験者である高齢者が、依然として親露姿勢を維持する一方で、若年層を中心に親欧米の姿勢が強くなる現状を説明することができる。
 
 しかし、ロシアが、28年前に喪失した影響圏である旧東欧諸国に対し、ディスインフォメーション(虚偽情報)など様々な情報戦を展開し、チェコ国内においても、現在の親欧米を中心とするチェコ社会の価値観に挑戦して失地回復を試みているとも指摘される。例えば、元チェコ国防軍特殊作戦群司令のカレル・ジェフカ准将は、「情報戦は、戦車や戦闘機が登場しないためピンとこないだろうが、現在、ロシアは、欺瞞情報等を用いた情報戦の実験台としてチェコを利用しており、我々はその情報戦の真っ只中にいる」と断言する。
  
 ソ連軍のバルバロッサ作戦時の情報分析の例を通じてウォルステッター・モデルに挑戦したバートン・ウィアリーは、同作戦におけるドイツ軍の欺瞞情報の効果を指摘するとともに、noiseとsignalsを峻別する枠組みにおいて、欺瞞情報は十分には排除できないと指摘した。
  
 インターネットを基盤としたSNS利用者の拡大により誰もが情報発信源となり、これまでのメディアの垣根が崩れてネット上には玉石混淆の情報が溢れ出している。この情報飽和の状況で、欺瞞情報と正確な情報を区別して、重要なsignalを見出すことは、容易ではなく、結局、それぞれ受け取り手の価値観や期待に沿った情報峻別が行われていくことになる。その中で、情報峻別に疲れた国民は、声の大きい人(影響力のある人)の声を聞くようになる、言い換えると、判断を委ねるようになるのだろう。この点、経済外交と言いながら親露・親中傾向を強めるゼマン大統領と、富豪にしてメディア支配によって首相に登りつめた一方でEU諸国以外との外交には関心がないと公言するバビシュ首相の存在は、今後のチェコ社会の方向性に非常に大きな影響を与えると懸念される。

ヨーロッパ・ロシア 

◎情報飽和時代の情報戦(1) 

細田 尚志(2018/9/10) 

 1948年5月に樹立された社会主義体制を、「人間の顔をした社会主義」に改革するドプチェク書記長の試み、所謂、「プラハの春」を、衛星国の主権は社会主義全体のために制限されて当然という制限主権論をかざしてブレジネフがワルシャワ条約機構軍をもって軍事介入した1968年8月20日のチェコ事件発生から50年が経った今年、チェコ国内では、例年以上に、チェコのあるべき方向は親欧米か親露かという大きな議論が巻き起こった。
 
 そのきっかけは、英ガーディアン紙とのインタビューで、ボヘミア・モラビア共産党(KSCM)のフィリプ党首が、チェコ事件の首謀者は、ブレジネフ書記長であるが、彼は、ロシア人ではなく、東ウクライナ生まれのウクライナ人であり、弾圧に参加したソ連軍部隊の大半も当時のウクライナ共和国から動員されたため、「チェコ事件」は、ウクライナ人によって行われた反露行為であったと述べ、間接的にウクライナを非難する一方でロシア人を擁護したことに端を発する。
  
 要するに、フィリップ党首によると、ロシア人にだけ軍事介入の責任を負わせ、他の15共和国の責任を忘れるのは不公平だというのだ。確かに、当時のソ連共産党中央政治局は11名からなり、その構成は、ロシア人5名、ウクライナ人4名(ブレジネフ含め。そもそもブレジネフはロシア人であるとする文書もあるが)、ベラルーシ人1名、リトアニア人1名であり、その中で、ロシア人1名が軍事介入に反対したことは事実であるが、当時、ウクライナもベラルーシもバルト諸国もソビエト連邦の一部であり、当時のウクライナの軍事介入に対する責任を殊更に強調することは、現在、欧米が支持するウクライナのイメージ悪化を目的とするものだろう。ちなみに、彼は、チェコ社会では共通認識である「軍事介入」という言葉すら使っていない。さらに、ロシアとの関係を人一倍気にするゼマン大統領は、50年という節目の今年、チェコ事件に関する声明を一切出さなかった。
 
 同様に、8月中に当時の話を聞いたチェコ市民、特に高齢の方の多くからは、「来たのはロシア兵ではない、ソ連兵だ(つまりウクライナ人やベラルーシ人も含まれていた)」、「ロシア人の責任だけを強調すべきではない」、「西欧諸国は、ロシアを陥れようとしてきた。スラブ諸民はロシアと協力して、この不公平な国際社会を是正しなければならない」といった意見を耳にした。彼らによると、クリミア併合、ウクライナ東部での武力衝突、マレーシア航空機撃墜事件、ノヴィチョクを用いた二重スパイ暗殺事件等、全ては、米国と西欧諸国が仕掛けた対ロ情報戦の一環であり、ロシアの影響力を弱体化させるための手段であると主張し、欧米メディアによる証拠情報を否定する。
 
 そして、最後には、必ず、「世界で一番軍事費を拠出している国、そして、世界で一番軍事介入している国はどこか知っているか?」というお決まりの質問を浴びせてくるのだ。要するに、「アメリカは世界を混沌とさせている張本人であり、悪の帝国だ」と言いたいのである。この「米国は悪でロシアは善」という価値観は、北方領土問題を抱え、過度の対米追従姿勢が批判されて久しい戦後日本社会の価値観からすると驚きであろう。そして、興味深いことに、現在、70代、80代の彼らこそ、68年を実体験し、その後の統制強化時代、所謂、ソ連軍の駐留を伴う「正常化(※決して正常な状態ではないのだが、社会主義のドグマに立ち戻るという意味で正常化と称した)」時代も経験してきた当人達のはずである。
(続く)

アジア 

◎米朝会談がもたらすもの 

細田 尚志(2018/7/15) 

 世界の注目を集めた米朝会談の結果に対し、非核化に向けた具体性の欠如や拉致問題の言及に関して様々な批判や失望も聞かれるが、南北会談及び米朝会談により、⑴和解協力→⑵南北連合(二体制二政府並存)→⑶統一国家という「韓民族共同体統一方案(三段階統一方式)」の第一段目である「和解協力」の条件整備に向けて一歩前進したことに注目しなければならない。その上で、日本は、朝鮮統一という将来的に起こりうる結果だけではなく、おそらく動き出すだろう統一に向けた長期にわたる動き自体が、日本を取り巻く安全保障環境に大きな影響を与えることを認識し、対策を準備する必要がある。
  
 勿論、三段階統一の最終段階にたどり着くまでは、様々な困難な難関が待ち受け、これまでの朝鮮半島の緊張と緩和の歴史から見ても容易には達成されないだろう。また、そもそも極端な社会的・経済的相違にもかかわらず統一すべきなのかという根本的な疑問も生起する。しかし、誰が、短期間で達成された歴史的なドイツ再統一を事前に予測できたであろうか。ここでは、分断国家の再統一が地域に与える影響について、(所与の条件が異なるため単純な応用は難しいが)参考までに、ドイツ再統一の例を通じて見ていきたい。なお、ここでは、統一の是非については触れない。
  
1.ドイツ再統一と南北朝鮮統一の比較 
(1)再統合を促進した要因 
社会主義計画経済の行き詰まりと社会の閉塞感を打破するためにゴルバチョフが1985年に導入したペレストロイカ(改革)及びグラスノスチ(情報公開)は、社会主義衛星諸国内においても改革機運を高めた。また、1988年3月のゴルバチョフによる衛星諸国に対する「制限主権論」の適用停止宣言(新ベオグラード宣言)は、旧東欧諸国内の民主化要求運動の高まりを決定的なものにした。この結果、頑なにマルクス・レーニン主義を堅持していたホーネッカー東独国家評議会議長も1989年10月に解任され、翌11月にはベルリンの壁が崩壊し、東独と西独との統一に向かった。特に重要な点は、西独のコール首相が、統一の経済負担の検証は二の次とし政治的意義を最優先してこの戦略的機会を最大限活用したことであろう。また、1990年3月に東独で自由選挙が開催され、ドイツ統一を主張する保守連合「ドイツ連合」が勝利したことも1990年10月の統一に寄与した。 
 
 故に、米ソ二極体制の一方の盟主であったソ連邦の経済破綻とそれに伴う東欧衛星諸国に対する強制支配構造の解消が、ドイツ統一をもたらした最大の外部要因であり、それを機敏に利用した西独コール政権の強引なまでの統合イニシアチブにより、ドイツ再統一が極めて短期間(ベルリンの壁崩壊から1年以内)のうちに達成されたと指摘できる。
  
⇒この点、様々な綻びが見られながらも依然として存在感を示す覇権国アメリカと、それに挑戦する中国という二つのパワー間の格闘に加えて、大国として認知されたいロシアも交錯する朝鮮半島情勢は、ドイツの置かれていたそれとは大きく異なる。この米中対立の構図では、米中間の北朝鮮を巡る駆け引きが活発化し、緩衝地帯や対米交渉材料としての北朝鮮の有用性を認識する中国のみならず、リムランド・コントロールの重要性を認識するトランプ政権も、北朝鮮を自陣営に引き込むべく様々な妥協を示す可能性が高まるが、これは対北強硬姿勢を求める日本の世論の不満を高めるだけでなく、分断を固定化し、再統合をより困難なものにする可能性もある。
 
(2)国家主権の回復によって生じた懸念(戦後補償問題)
統一に際して問題視されたのは、統一ドイツ国家が存在しないことを理由に棚上げとなっていたドイツの戦後賠償(国家賠償)の行方であった。占領期や東西分断初期まで行われたデモンタージュ(工場施設の解体・搬出)や在外資産の処分による現物賠償を除くと、西独政府は、ユダヤ民族に対するナチスの不法・迫害に対する補償措置(個人補償)以外には、平和条約(講和条約)が交戦国との間に締結されていないことを理由に国家賠償を行わず、賠償問題の解決を平和条約の締結まで先延ばししていた。また、旧東独政府も、自国がドイツ帝国やワイマール共和国そしてナチス・ドイツの継承国ではないとの立場から、一切の賠償・補償要求に応じてこなかった。
 
 結局、西独と東独という当事者の他に、戦後のドイツ占領管理に関与してきた米英仏ソの四カ国を加えた「2+4協議」により1990年9月12日に調印された「ドイツ最終規定条約」により、米英仏ソはドイツに保持してきた全ての権利を放棄し、ドイツ統一に向けた国際合意が形成された。しかし、この最終規定条約は、ドイツの戦後賠償を法的に曖昧にするために平和条約(講和条約)という位置付けではなく、戦後賠償に関する明示的な規定も用意されなかったことに留意する必要がある。この点、統一ドイツ政府は、「賠償問題は時代遅れとなりその根拠を失った。連邦政府はその理解に基づき最終規定条約を締結した。条約は最終的規律をもたらし、賠償問題は規律されない」との立場である。
 
⇒ 統一朝鮮は戦後賠償の義務を負っていない一方で、北朝鮮と日本の間に平和条約が存在しないことから、日朝国交正常化交渉の結果によっては、北朝鮮が日本に対して戦後賠償請求権を行使する可能性が生ずる。これまでも、様々な推計が行われ、最近では、サムスン証券が200億ドル相当との推計(皮算用)を発表しているが、勿論、拉致問題の解決なくして国交正常化は難しい。日本は、拉致被害者の再調査を約束した「ストックホルム合意(2016年)」の履行を北朝鮮に求めて行くべきであり、仮に、賠償金支払いが確定した場合でも、単なる現金支払いではなく、日本のイニシアチブによる人道援助プロジェクトや、日本企業の関与するインフラ・産業育成プロジェクトの形で支払われるべきであろう。また、当然ながら、それらの形態による国家賠償の支払いによって、元従軍慰安婦や元徴用工の個人請求権の最終解決が確認・約束される必要がある。
 
(3)国家主権の回復によって生じた懸念(国境確定問題) 
第二次大戦後に人為的に分断されていたドイツが再統一されることは、ドイツが本来の姿に戻る、つまり、ドイツ国家としての完全主権の回復を意味し、当時、東西ドイツの分裂によって暫定的にポーランドの施政下に置かれていたオーデル・ナイセ川以東地域の帰属問題の行く末が懸念されていた。
 
 冷戦中、東独が社会主義の同志ポーランドとの国境線を「平和の国境」として承認していた一方、西独では、歴代政権が、オーデル・ナイセ線に否定的態度を取ってきた。しかし、ブラント政権は、「東方政策」によってオーデル・ナイセ線を実質的な国境として尊重し、(国際法的にではないが)東独を国家として承認することで、東西ドイツ基本条約(1972年)の締結にこぎつけた。最終的に、この国境確定問題は、平和的な統一ドイツの誕生を優先するコール首相の決断によってオーデル・ナイセ線以東の領土請求権の完全放棄が確認され、統一ドイツは、「将来も、他国に対して領土要求を一切しない」ことが、ドイツ最終規定条約第1条で謳われた。
 
⇒ 統一朝鮮政府にとって、半島国家という地政学的条件の相違や統一国家の国力規模の違いもあり、強力な地域大国の誕生に対する周辺国の懸念を払拭する必要があったドイツ政府と違い、周辺国の懸念を払拭する配慮や譲歩を促す必要性は低い。故に、現時点で、南北双方が領有権を主張している竹島に対しては、和解段階でも、領有権主張が変化する可能性はない(そもそも領有権問題は存在しないとの立場)。さらに、連合段階では、南北融和を演出し愛国心を鼓舞するために、現在、韓国警察部隊が駐屯する竹島に、北朝鮮側からも要員を派遣し、共同管理する可能性すら生ずるだろう。
 
 
 
 竹島とは異なり、1962年の北朝鮮と中国の国境確定協議において、国境問題を棚上げして共同開発することで合意し問題を先送りしてきた白頭山(中国名:長白山)の国境線上にある一部の湖の国境確定問題については、白頭山は北朝鮮にとっては聖地であり、韓国も朝鮮固有の領土と主張している一方で、中国との良好な関係はどの段階においても朝鮮国家の安定性維持に重要な要素となることから、中国に配慮した解決策が提示されるだろう。
  
 それ以外にも、南北の融和が進み、非武装地帯の平和地帯化や38度線を挟んで展開されている双方の陸上兵力が削減される場合、冷戦後の中国のように、陸上国境に面する主要脅威の消滅により、海洋権益の確保に資源を集中させる可能性もあるだろう。よって、(領土ではないが)中国の排他的経済水域と重なり合う海域に存在する海中礁である離於島に対する管轄権主張は、南北朝鮮による海洋権益に対する主張の方向性や中国との関係性を試す試金石として、その推移が注目される。
  
 また、従軍慰安婦問題や徴用工問題等の歴史問題は、必然的に南北双方で今後も政治利用されることを想定すべきだろう。和解段階や南北連合段階、そして統一朝鮮段階であっても、南北分断は日本による朝鮮併合に起因すると認識し、南北朝鮮の為政者の正統性は「抗日運動」に端を発していることから、当然、愛国教育とは、日本の軍国主義の残虐性を強調し、それに抵抗した自分たちの正統性評価と親日分子の排除を意味する。故に、従軍慰安婦や徴用工等を象徴的に用いて、「(過去の)日本」を南北共通の「敵」とすることにより、南北間の格差や差別意識を相克するための新たな統一朝鮮アイデンティティの形成に利用すると予測される。
  
(4)地域安全保障への影響
統一ドイツの誕生は、経済的にも軍事的にも強力な国家が欧州に再び誕生することを意味し、英仏をはじめとする欧州諸国は、当初、ドイツが欧州における軍事大国として再起することを警戒していた。現在の「独仏枢軸」と称される緊密な協力関係からすると意外に感じるが、1990年1月のパリでの夕食会でミッテラン大統領(当時)がサッチャー首相(当時)に漏らした「統一ドイツはヒトラー以上の力を持つかもしれない」という言葉や、同年3月にサッチャー首相が駐英仏大使に述べた「英仏は、手を取り合って新しいドイツの脅威に向かうべきだ」という言葉に、当時の英仏首脳陣の、現状変更に対する警戒感が表されている。
  
 また、当時のソ連は、西独との統合によって旧東独がNATOに加盟することにより、他の旧東欧諸国もこぞってNATOに加盟することでワルシャワ条約機構が形骸化することの方を心配しており、この懸念は、ワルシャワ条約機構の解体(1991年3月に軍事機構廃止、7月に正式解散)と旧東欧諸国のNATO加盟(1999年以降)として現実のものになった。一方、アメリカは、統一ドイツがNATOに留まり、相応の役割を分担することを望み、ドイツ統一を積極的に支援していた。
 
 結局、ドイツ統一では、ドイツを欧州の文脈の中に埋め込むために、NATOやEU(当時はEC)という多国間機構が重要な役割を果たした。つまり、欧州では、地域的安全保障・経済構造の中に統一ドイツを統合して管理することにより、再びドイツが脅威化することを防止する方法を選び、欧州統合推進派のコール首相は、率先して統一ドイツを地域機構に組み込むことで、米英仏の警戒感を払拭して統合への賛同を勝ち取り、ドイツ統合と欧州統合の双方を進めたのである。
  
⇒ 翻って、朝鮮半島を含めアジア地域には、常設的な地域安全保障機構は存在しない。但し、欧州の地域機構は、欧州諸国による長年にわたる信頼醸成の結果であり、ただ北東アジアにも地域機構を作ればそれで良いという話でもない。米国を中心とするハブ・スポーク・ネットワークしか存在しないアジア太平洋地域においては、新たな機構を作るよりも米国のネットワークに組み込む方が合理的であるが、第一列島線内地域を確実に支配下に置き、太平洋に向けて影響力を投射することで米国の覇権に挑戦しようとする「海洋強国」中国としては、それは受け入れられないだろう。
 
(5)通常戦力の推移 
「ドイツ最終規定条約」によって、再統一されたドイツは、⑴欧州通常戦力削減条約(CEF)に基づき総兵力を3−4年以内に37万人以下に制限(うち陸軍及び空軍は34万5千人以下)、⑵核・生物・化学兵器の製造・保有・使用の禁止、⑶核不拡散条約(NPT)が統一ドイツ全土に適用されることの確認、⑷旧東独地域に外国軍の駐留、核兵器及び運搬手段の配備を禁止して非核地帯とする、⑸国連憲章に基づいてのみ軍事力を行使する等の条件が課せられた。
  
 また、社会主義イデオロギーで理論武装され、上官への絶対服従義務を宣誓していた総兵力9万人の東独国家人民軍(NVA)は、そのイデオロギーや戦略思想・戦術が西独軍とは全く相容れない存在であり、統一後、ことごとく解体され、装備は他国に移譲・売却・廃棄された。また、人民軍将兵は、共産党の影響力排除のために、共産党員であった高位将官・佐官の全員、尉官の三分の一が退役させられ、若い下士官兵を中心に5千人のみが西独軍に編入された。この新生ドイツ連邦軍は、欧州通常戦力削減条約により、この後さらに戦力を削減されている。
  
⇒ 南北が相互の実体を承認し、敵対・対立関係を共存・共栄関係に転換していくための多角的な交流協力を進めるとされる「和解協力」段階では、これまでの敵対的関係の改善や非核化、そして朝鮮戦争の終結が必要不可欠であり、この大きな文脈の中での非核化と認識せずに、非核化だけを独立した現象として理解すると、ことの本質を見失う恐れがある。つまり、韓国や北朝鮮にとり非核化は最終目標ではなく、あくまでも再統一に向けた条件整備の一環であることだ。
 
 これまで、主として経済的負担を理由に在韓米軍の削減・撤退に言及してきたトランプ大統領は、会談後、米韓軍事演習の延期(無期限休止?)を発表した。しかし、この米軍のプレゼンスの希薄化や、中国とは事を構えない(構えられない)との意思表示は、台頭する中国に誤ったシグナルを送る危険性があるとともに、関係各国に独自軍事力整備の必要性を認識させ、結果的に地域軍拡に拍車をかけ、今後、北東アジア諸国が相互に安全保障ジレンマに陥ることが懸念される。
 
 本来、敵対・対立関係が解消されれば、南北朝鮮は、相互に過剰な軍事力を削減し、朝鮮半島の緊張緩和を確固たる事実としなければならない。この朝鮮半島の緊張緩和と南北間の漸進的な軍縮は、日本の安全保障上も好ましい状況となる。しかし、現実には、在韓米軍の削減や撤退の可能性に直面する韓国は、国産フリゲート、イージス艦、独島級揚陸艦、潜水艦によって編成される第7機動戦団を中心とするブルーウォーターネイビーの建設や空軍戦力の強化を目指す「2020年計画」を継続するともとに、さらに攻撃型原子力潜水艦の建造計画(仏シュフラン級攻撃型原潜と同程度の潜水艦を目標に国産化)や独島級揚陸艦3番艦を大型化しF-35B運用能力を獲得する計画など、野心的な独自軍事能力の整備・近代化を進める模様であり、その目的は、済州島・マラッカ海峡間のシーレーン防衛だけではなく、北朝鮮以外の隣国(による島嶼部奪還作戦)を意識していると言わざるを得ない。
  
 また、非核化(さすがに核実験施設の閉鎖・解体や実験のモラトリアムだけで済むと考えてはいないだろう)への協力を約束した北朝鮮も、国内最大の利益団体である軍部に対する説明上、一方的で急激な通常戦力の削減は(通常戦力自体が骨董品化しているとはいえ)簡単には行えないだろう。故に、そもそも実際には使えない核兵器の非核化以上に、今後の北朝鮮や韓国、そして統一朝鮮の通常戦力の動向が、北東アジアの地域軍事バランスを変化させる変数となりうる。
  
(6)統合の社会的・経済的インパクト
再統一は、分断後の東西ドイツにおいて国民的なテーマであり、西独は、「(社会主義体制を否定して)自由選挙による統一」を主張し、東独は、「(平等な立場での)東西ドイツの接触による」を主張してきた。しかし、現実の統一の実態は、対等な合併ではなく事実上の西独による東独の吸収合併であった。そのため、旧東独の家族の50%が失業を経験し、依然として旧西独出身者(Wessi、ヴェッシー)による旧東独出身者(Ossi、オッシー)に対する差別はなくならず、統一から20年目の2010年調査では、旧東独出身者の67%は、未だに統一ドイツの構成員としてのアイデンティティを有していないとの調査も存在する(Stern, 2010年9月27日)。これは、西独政府が、性急に「東独の西独化」を進め、旧東独における共産主義を象徴する建物や設備等の社会的シンボルやアイコンを撤去し、西独規格品に変更したことに起因すると指摘される。
  
 また、西独は、統合のために25年間で総額約2兆600億ユーロ(約259兆5,600億円)の巨費(ベルリン自由大学SED-Staat 研究協会2015年推計)を投じて、インフラ整備や失業対策・職業訓練、損失補填を講ずる必要に迫られ、大きな財政負担となったことは良く知られている。統一時に西独GDPの35%前後であった旧東独5州のGDPは、統一から25年が経った2015年時点で、ようやく旧西独諸州GDP平均の71%となったが、依然として補助金の交付を受け、その財源は、旧西独地域住民が未だに支払っている「連帯税(Solidaritätszuschlag)」を元に拠出されている。しかし、ここで注目すべきは、巨額の経済的負担とはいうものの、それは莫大なインフラ投資・職業訓練の機会を創出したことも事実であることだ。
 
⇒ 当事者同士がどんなに願ったところで、外部環境が許容しない限り、再統合することは難しいというドイツの教訓が想起される。別の言葉では、米中が許容する範囲において、南北朝鮮の統一に向けた動きは進展するとも言える。しかしながら、東西ドイツ(1990年の東西経済格差:1対3)以上に格差の大きな南北朝鮮(2017年の南北経済格差:45対1)が統一を達成したとしても、その社会統合プロセスは困難を極め、格差是正は50年程度の長期戦になるだろう。また、最大5兆ドル(約550兆円)と見積もられる南北統一費用をどのように工面するかは、韓国政権にとって深刻な課題であるが、米国や中国が資金供与やインフラ受注を通じて統一朝鮮に影響力を行使しようと模索する可能性が高い。
  
2.朝鮮統一に向けた見通し 
将来的に外部条件が揃って南北朝鮮が統一された場合、地下資源が豊富で若年人口の多い北朝鮮と、一定の先進技術力を有する韓国を合わせた人口7,800万の国家が誕生することになる。言い方を変えると、完全な非核化をしたとしても核兵器製造のノウハウとウラン鉱を有する北朝鮮と、一定の軍需産業基盤を保持する韓国による統一国家が誕生することも意味する。
  
 但し、統一の方法やイニシアチブを巡る南北間の合意は依然として存在しない。2017年7月にベルリンを訪問した文大統領は、⑴北朝鮮の崩壊を望まない、⑵韓国による吸収統一を希求しない、⑶人為的な方法による統一を追求しないという「朝鮮半島平和構想」を発表している。また、北朝鮮は、憲法上、南北統一を「国家の最重要課題」と位置付け、南北間の連絡や移動、協力や交流の促進を通じて相互不信感を払拭し、最終的な統一を目指すべきとの声明を2018年1月に発表し、本年5月5日には、平壌時間を韓国の標準時間と統一し、和解と団結の第一歩とした。
 
 ここで重要なことは、文政権が、南北分断の原因を、「自らの運命を決定できるだけの国力が当時はなかった」ことに求め、現在では、「自国の運命を決定する力を韓国は備えた(2017年8月15日光復節演説)」と判断し、自国主導の交渉や和解に自信を示していることである。これは、今後、米国とは距離を置き、さらなる自主外交・自主国防路線を追求していく決意を表しているとも考えられるが、その実、親北・親中勢力による朝鮮統一という可能性もあろう。
 
 最近の調査では、統一コストや異質な社会との統合が自国発展への重荷になるとの認識から、統一に対する意欲が若年層を中心に低下していると報じられる韓国(統一が必要との回答:2014年69.3%、2016年62.1%、2017年57.8%、韓国統一研究所)だが、地下資源ソースや有望な市場としてだけでなく、今後、急速に進む少子高齢化に対処する上でも、北朝鮮との統合は、韓国にとって「生き残りをかけた輸血」として必要不可欠なグランドストラテジーとなるだろう。
 

ヨーロッパ・ロシア 

◎欧州から見た北朝鮮問題(上) 

細田 尚志(2018/4/20) 

 ミサイル発射や地下核実験による瀬戸際外交を継続して地域の緊張を高めていた北朝鮮の対話路線への転換は、欧州においても評価・期待されている。しかし、北朝鮮が、心血注いで開発した体制維持の切り札である「核」を簡単に手放し、完全な非核化を受け入れるかどうかに関しては懐疑的な見解が大勢を占める。
  
 もっとも、ロシアとの緊張関係が最重要課題である欧州諸国にとって、北朝鮮問題は、興味深い話題ではあるものの、そのプライオリティーは低いものにならざるを得ず、EU・北朝鮮貿易関係も、度重なる経済制裁で縮小し、欧州の対北朝鮮圧力は限定的となっている。
 
 しかし、北朝鮮の核開発により、欧州でも、核抑止力や核不拡散体制の持つ意義が再注目されている点は見逃せない。そして、国際的な核不拡散レジームを維持しようとするEUの意志や、北朝鮮と外交関係を保持する欧州諸国との協力は、日本にとって重要な意義を持っている。
 
● 欧州における北朝鮮問題に対する見方
  独「フランクフルター・アルゲマイン」紙のグートシェッケルは、北朝鮮側が、非核化に関する交渉の意思があることを米側に伝えたことを評価する一方で、これまで北朝鮮が、非核化の条件として米韓軍事演習の中止や在韓米軍の撤退、さらには米韓同盟の解体を求めてきたことを指摘し、完全な非核化には「Mission Kimpossible」と懐疑的である。
 
 また、仏「ル・モンド」紙は、核戦力の完成を宣言した2017年11月末以降の北朝鮮の姿勢転換は、国家目標を達成した金正恩の自信の表れだと分析する仏戦略研究財団研究員のアントワーヌ・ボンダズのコメントを紹介し、北朝鮮は、①米国の敵対的姿勢の終了、②「核保有国」としての国際的認知、③経済制裁の解除を求めており、金正恩の正統性の根源は、核開発と国内経済情勢にあるため、核開発が目標達成した今日、「非核化」カードによって制裁解除を要求し、経済情勢を改善するつもりだろうと指摘する。
 
 同様に、こちらの研究者や政府高官らと意見交換すると、北朝鮮危機に対する関心は高く、(日本政府の専門家派遣といった地道な広報努力も含めた)関係各国による欧州各国の高官やシンクタンクに対する脅威認識の共有努力により、理論上は欧州諸国も北朝鮮の弾道ミサイルの射程内に収まっているとの認識が広がり、以前よりもブリュッセルやベルリンが、北朝鮮問題を深刻に捉えるようになったことは評価される。
 
  もっとも、欧州諸国にとっては、英国における二重スパイ暗殺未遂事件に端を発する外交官追放合戦やロシアによるバルト海や北海における軍事活動の増加、シリアにおけるアサド政府軍による化学兵器使用と米英仏による限定的な巡行ミサイル攻撃、イラン核合意の履行確認といった諸事案の背後にある「ロシアとどう付き合うのか」という命題の方が深刻である。
 
  これは、ミサイル関連技術が発展し、サイバー・ドメインが最前線化している現在においても、攻撃目標が母国から遠ければ遠いほど、軍事力は弱まっていくことを主張したボールディングの「強度喪失勾配」に見られるように、依然として脅威認識の強度が、物理的な近接性に比例するからであろう。
 
  興味深いのは、北朝鮮との非核化交渉において、非核化合意がなされる前に、米国が北朝鮮に見返り(インセンティブ)を与えることになると、欧州諸国にとってより身近なイラン核合意の今後に悪影響を与える恐れがあるとの指摘が存在することである。これは、欧州諸国の関心が、北朝鮮やイランによる現実的な核拡散により、国際的な核不拡散レジームがなし崩し的に崩壊することを強く懸念していることを示している。
 
● 限定的なEU・北朝鮮経済関係
  過去、南北交渉を促進するために「太陽政策」を支援していたEUは、その後の経済制裁等により、北朝鮮に対する経済的影響力を喪失し、現在、北朝鮮問題でEUが果たせる役割は極めて限定的である。例えば、2006年に2億8,000万ユーロ(約380億円)だったEU・北朝鮮間の貿易額は、2016年には十分の一の2,700万ユーロ(約37億円)にまで減少しており、さらなる経済制裁の余地はあまり残されていない。
 
  しかし、その一方で、欧州においても着実に北朝鮮包囲網が強化されているのも事実である。例えば、2018年2月27日、欧州議会は、国連安保理決議第2397号の内容(24ヵ月以内に北朝鮮人出稼ぎ労働者を本国に送還する)をEU法体系に反映させることを承認し、2020年1月までに、EU域内から北朝鮮の出稼ぎ労働者を一掃することを決定した。
 
  過去、多くの北朝鮮人労働者を受け入れていた欧州諸国は、これまでの北朝鮮に対する度重なる制裁の一環として段階的に新規ビザの発給を停止することで受け入れ人数を減らしてきたため、近年、EU諸国内で北朝鮮労働者が就労していたのはポーランドとマルタの2カ国だけになっていた。
 
  そのマルタも、2016年7月に、工事現場や縫製工場で就労していた出稼ぎ労働者20名の新規ビザ発給を停止し、本年1月から国連安保理議長国のポーランドも、2017年12月末に労働法を改正し、ワルシャワ郊外のジャガイモ農場やグダンスクの造船所(NATO艦艇すら修復していたらしい)で劣悪な条件下で就労していた約600人の北朝鮮出稼ぎ労働者のビザ更新を禁止しており、2020年までには、北朝鮮労働者は、欧州諸国から一掃される見込みである。
 
  これにより、少なくとも、賃金の90%を北朝鮮に送金していると伝えられる、欧州諸国における北朝鮮人出稼ぎ労働者の上納金が、核開発やミサイル開発に転用されることはなくなるだろう。しかし、2016年の統計によると、北朝鮮人労働者の最大受け入れ国は、ロシア(2万人)、中国(1万9,000人)、クウェート(4,500人)、カタール(3,000人)であり、ロシアや中国による国連決議の遵守が求められている(ロシアやクウェート、カタールも既に新規ビザ発給は停止している)。
 
(「欧州から見た北朝鮮問題(下)」に続く)

ヨーロッパ・ロシア 

◎欧州から見た北朝鮮問題(下)

細田 尚志(2018/4/20) 

 ミサイル発射や地下核実験による瀬戸際外交を継続して地域の緊張を高めていた北朝鮮の対話路線への転換は、欧州においても評価・期待されている。しかし、北朝鮮が、心血注いで開発した体制維持の切り札である「核」を簡単に手放し、完全な非核化を受け入れるかどうかに関しては懐疑的な見解が大勢を占める。
 
 もっとも、ロシアとの緊張関係が最重要課題である欧州諸国にとって、北朝鮮問題は、興味深い話題ではあるものの、その扱いは低いものにならざるを得ず、EU・北朝鮮貿易関係も、度重なる経済制裁で縮小し、欧州の対北朝鮮圧力は限定的となっている。
 
 しかし、北朝鮮の核開発により、欧州でも、核抑止力や核不拡散体制の持つ意義が再注目されている点は見逃せない。そして、国際的な核不拡散レジームを維持しようとするEUの意志や、北朝鮮と外交関係を保持する欧州諸国との協力は、日本にとって重要な意義を持っている。
 
● 再注目される核抑止力の意義
 トランプ政権下で初めての『核体制見直し(2018NPR)』は、世界が「力の競争」時代に入り、ロシアによる「核恫喝」や中国の核戦力近代化、そして北朝鮮による核開発計画の進展が深刻性を増していることを指摘し、政権が初期に見せた米国の拡大核抑止コミットメントの揺らぎを一掃した。同文書によるNATO核共有の重要性の強調により、欧州において核抑止力の意義(含む戦術核)や核不拡散の重要性が再注目されていると言える。
 
 欧州諸国としての核抑止力は、米英仏の核戦力とは別に、NATO核共有によって担保されている。平時においては、米国のB61戦術核爆弾約180発を、独、伊、オランダ、ベルギー、トルコ国内の各国空軍基地内に設けられた特別施設に米軍部隊の管理下に事前配備し、有事の際には、米、独、伊、オランダ、ベルギー空軍機によって所定の攻撃目標に「配達」されるこの制度は、冷戦後の緊張緩和及びB61爆弾の老朽化(オバマ政権下で近代化計画が承認された)にもかかわらず、NATO非核保有国も攻撃目標策定等に参画する共通の核抑止力として重要な役割を果たしてきた(勿論、最終的な使用権限は米国が掌握する)。
 
 特に、NATO核共有用にアサインしているトーネード攻撃機の退役が2025年から見込まれるドイツにおいて、その後継機としてF-35導入を求めるドイツ空軍に対し、トランプ政権の自国優先主義を懸念するドイツ政府は、欧州共同開発のユーロファイター・タイフーンに核爆弾を運用するための諸改造を施すことを目論んでいるが、NATO核共有自体は、国民の85%が撤去を望んでいるにもかかわらず(2016年3月IPPNW世論調査)、引き続き欧州の核抑止力として重要な役割を果たすと認識し、制度を継続する方向である。その一方で、核不拡散体制(NPT)を通じて新たな核保有国の出現を防ぐ必要も認識し、その査察機関としてのIAEAの活用も重視している。
  
 トランプ政権誕生以来、中露による米の覇権に対する挑戦が鮮明化している状況下において、トランプが自由陣営のリーダー役を降りて自国国益優先姿勢を鮮明化したことで、同盟国の安全保障に対する米国のコミットメントに対する信頼性が低下し、米国に対する反発や警戒感すら生じさせているが、目下のところ、アメリカ以外に頼れる安全保障パートナーが存在しないのは、欧州も日本も同様である。
 
 その欧州諸国は、ロシアとの緊張を前に、将来的にEU諸国の部隊を構造的に統合しようと試みる「恒久構造化協力(PESCO)」などを通じて欧州としての防衛・安全保障上の自律性を確保する努力と並行して、トランプ政権による国防費のGDP2%目標要求に応え、米国製武器の調達を増やして「バイ・アメリカン」に応え、そして、アフガニスタンやシリア攻撃への戦力貢献を通じて、米国の欧州防衛に対するコミットメントを確保しようとしている。
 
●  EUの対北朝鮮「クリティカル・エンゲージメント」アプローチ
 EUは、対北朝鮮政策のゴールとして、①朝鮮半島および地域の緊張緩和、②国際核不拡散枠組みの維持、③北朝鮮内部の人権状況改善の3つを設け、対話と圧力による「クリティカル・エンゲージメント」アプローチで臨んでいる。
 
  例えば、EU諸国は、ブッシュ政権のイニシアチブで開始された「拡散に対する安全保障構想(PSI)」に積極的に関与し、北朝鮮の大量破壊兵器関連物品の輸出入を海上で阻止する努力を継続してきた他、大量破壊兵器の開発・拡散の防止に向けた各種制裁の実施にも前向きであり、国連安保理決議とは別に、EU自身の制裁措置(北朝鮮の個人や企業・団体を資産凍結や渡航禁止、取引禁止の制裁対象に指定)も実施している。
 
 また、EUは、1998年から北朝鮮と定期的に政治対話を継続しており、2015年6月には、第14回政治対話が平壌で開催された。EU自体は、2001年に北朝鮮と外交関係を樹立したほか、フランスとエストニアを除くすべてのEU諸国は、依然として北朝鮮と国交を保持している。特に、英、独、スウェーデン、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ブルガリアのEU7カ国は、平壌と自国に大使館を相互設置(オーストリア、スペイン、イタリアは自国内に北朝鮮大使館のみ設置)しており、北朝鮮内部の人権状況を観察し、人権や核開発に関して平壌と意見交換する際の重要なパイプとなっている。
 
  北朝鮮側も、地政学的に距離のある欧州諸国を「中立的で対話可能な相手」と認識しており、米朝交渉の事前準備や、交渉後の非核化プロセス実施にまつわる細則調整や監視の実施等で、重要な役割を果たすと期待される。
 
● 米朝協議に望むこと
  5月末か6月に開催されると見られる米朝協議の内容に注目が集まるが、平壌は、「核放棄よりも体制保障が先」と主張しているとも報じられており、結局、交渉は、のらりくらりとはぐらかしてきた過去の繰り返しになる恐れもある。また、一部で報道される、北朝鮮のICBM開発凍結と弾頭数制限などという部分的非核化では、米国は満足かもしれないが日本の安全保障上の脅威は除去されず、韓国の核武装による南北核均衡論も、アジアにおける核拡散の観点から深刻な懸念となる。日本に対する核の脅威が存在するままで、体良く戦後賠償だけ取られては堪らず、北朝鮮の完全な非核化が求められる。
 
  日本としては、この北朝鮮の非核化が米主導か中国主導かにかかわらず、IAEAを活用する方策を重視して、日本として北朝鮮の非核化プロセスに関与する戦略的な窓口を確保する必要がある。そのためには、すでに外務省が提案している4億円とも見積もられるIAEA査察経費の負担は重要であるが、英独仏といったイラン核合意で重要な役割を果たした欧州諸国の支持を取り付けて、核不拡散体制(NPT)の堅持や2009年4月以降北朝鮮で活動していないIAEAの査察機能を、米中に、殊更に強調することも重要であろう。
  
 2005年に、欧州諸国に十分な説明もなくKEDOの解消が決定されたことに対して、未だにわだかまりを持っている高官もEUには多いと聞く。このことから、日本は、EUを6カ国協議の「準メンバー」と位置づけ、欧州諸国と密に情報交換を進めることで、相互信頼関係を深化させ、日欧が共通の脅威に対処する重要なパートナーであることを認識し合う必要もある。
 
  その上で、地域安全保障環境の変化やアジア市場の有望性からアジアへの関心を増加させている欧州諸国の「アジア・ピボット」を促し、北朝鮮問題のみならず、南シナ海や東シナ海問題等のアジアの安全保障問題に可能な限りコミットさせることが求められている。これは、近年、欧州において急速に影響力を拡大してきた中国に対する警戒感が露わになっている欧州諸国を味方につける貴重な戦略的なタイミングであり、NATOとのパートナーシップを有する日本だからこそ出来る協力形態でもあろう。

ヨーロッパ・ロシア 

◎中・東欧における中露シャープパワー浸透の現状 

細田 尚志(2018/3/1) 

 冷戦後の世界において、軍事力等の「ハードパワー」を補完するとされた「ソフトパワー」は、「ハードパワー」と比較して平和的なイメージで語られてきた。しかし、多極化の進む現在、全体主義国家は、「ソフトパワー」と「ハードパワー」の間に位置付けられる「シャープパワー」という鋭利な影響力を利用することで国益に資する影響力の拡大を図っている。 
 
 2月26日、チェコ上院において、中・東欧諸国におけるロシアおよび中国のシャープパワー浸透の現状を比較する「From ‘Soft power’ to ‘Sharp power’」と題する会議が開催され、中露のシャープパワー浸透の現状や、中露のアプローチに大きな違いがあることに注目が集まった。そこでの議論を取りまとめると次の通りとなる。
  
 ロシアは、EUや西欧諸国国内のモラル低下や移民問題等の失策に関するディスインフォメーションを、ソーシャルネットワークなどのオルタナティブ・メディアを通じて拡散し、文化的・言語的近似性を強調してスラブ民族の連帯(パン・スラブ)意識に訴えることで、中・東欧諸国社会における「伝統的価値観の守護者」としてのロシアのイメージを形成しようとしている。
  
 その上で、ロシアの最終目標は、冷戦体制の崩壊後に喪失した緩衝地帯である中・東欧諸国を再び取り戻すことであり、アカデミア(学術界)、メディア、文化交流、市民交流を通じたシャープパワーの浸透により、中・東欧諸国のEUやNATOメンバーシップを揺さぶろうとする。つまり、相対的に国力が長期低落中のロシアにとって、その勢力圏の復旧・維持が最大の目的なのである。
  
 一方、中国は、「16+1」イニシアチブ等を通じて、中・東欧諸国を、西欧諸国とは異なった「新しいEU諸国」として扱い、経済的利益を前面に押し立てて新欧州と旧欧州の対立・分断を試みている。こうして中・東欧諸国の支持を取り付ければ、EU28カ国内で、中国に不利な政策を審議する際に、影響力を行使できる。また、新しいEU諸国は、西欧諸国と比べて国内法整備が不十分で、様々な点から付け入る隙が多いことも、中国が、中・東欧諸国への浸透を重視する一因となっている。
  
 この中国のシャープパワーには、①西側メディアによる中国に関するネガティブなステレオタイプを修正すること、そして、②中国共産党自体やその政策の正当性をアピールするという二つの重要な目標が設定されている。そして、シャープパワー浸透手段としては、①孔子学院等のインスティテューションを通じたメディア・アカデミア・政界に対するスカラシップやフリーコンテンツの提供、および、②各国で影響力のある人材にアクセスして中国本土に2−3週間から3カ月程度招聘し、情報提供やトレーニングする「human-to-human」外交が観測されている。
 
 結果的に、中国は、シャープパワーを利用することで、政治的に無害であるかのようなイメージの形成に成功している。これは、受け入れ国側のメディア・アカデミア・政界が、中国の情報にあまりにも疎いことにも起因する。特に、「一帯一路」イニシアチブは、win-win関係による素晴らしい未来を約束するという漠然としながらもポジティブなイメージの形成により、その背後に隠された地戦略的な重要性を見事に覆い隠すことに成功している。
 
 そして、中国とロシアのアプローチの最大の違いは、中国が、世界第二位になった「経済的成功者」や、宇宙開発やスパコン等の「科学技術大国」のイメージを活用することで、中・東欧諸国におけるポジティブな中国イメージの浸透を通じて、共産党独裁体制と市場主義経済体制による「中国型経済成長モデル」を、既存体制のオルタナティブとして提示していることである。これに対して、ロシアは、別のオルタナティブモデルを提示してはいない。
  
 以上のように、欧州諸国内でも、中露のシャープパワー浸透に対する懸念が高まっている。この懸念は、ベルリンのグローバル公共政策研究所(GPPi)の最新報告書『Authoritarian Advance』(2018年2月公表)や欧州外交評議会(ECFR)の『CHINA AT THE GATE』(2017年12月公表)でも共有されている。特に、中・東欧地域では、その歴史的背景からロシアのシャープパワーに関心が集まる一方で、地理的に離れた国という地理的条件もあり、中国のシャープパワーに対する認識は、依然として低い。しかし、中国のプロパガンダは、長期計画に基づくイメージ戦略である点でロシアのそれとは異なり、議会制民主主義体制を守るという意味でも、中国の「シャープパワー」への対抗手段を検討する必要があろう。

◎チェコ大統領選挙結果と日本

細田 尚志(2018/2/12)
 2018年1月26・27日の決選投票によって、親露・親中路線を模索する現職のゼマン大統領(73歳)が、15万票という僅差で、親欧米路線を標榜する前チェコ科学アカデミー総裁のドラホシュ候補を下して再選された。直前まで両候補の支持率は、40%前後で拮抗していたが、最終的に、支持候補を決定していなかった浮動票が、「ドラホシュ候補は移民・難民に寛容」というゼマン陣営のネガティブキャンペーンに突き動かされたのが、ドラホシュ敗北に繋がったとされる。

 
 イスラム系人口がほぼ皆無で、難民も12名しか受け入れていないチェコ国内において、イスラム移民問題が決定的争点となるのは、奇妙に聞こえるかもしれないが、これは、イスラム系移民・難民によるテロ攻撃や「チェコ社会・文化に対する浸透」危機を過度に煽ることで、難民問題を政治利用しようとする勢力が存在することを示している。特に、史上最も経済好況であるにもかかわらず、「チェコ文化(白人文化)を守るため」に単純化された極端な反イスラムや移民排斥に飛びつく国民が増加し、社会の多様性を許容しない雰囲気が広がる現状に対しては、経済成長が国民の自信やプライドを高め、1989年11月のビロード革命(反共産主義体制転換)からこれまで萎縮して言えなかったことを大きな声で言い始めたと解釈すべきなのかもしれない。しかし、実のところ、難民問題は、大統領選の表層に見える小道具でしかない。
  
 今回の大統領選挙の根底には、「欧米を志向するのかロシアを志向するのか」というこの国のあり方を問う基本的な問いと、そこに付け入ろうとする外部勢力の力学が存在する。今回の選挙では、ワシントン・ポスト紙等が指摘する通り、フェイクニュースやドラホシュ候補に対する個人攻撃などロシアの様々な関与も指摘される。すでに、チェコ情報・保安庁(BIS)は、2017年の報告書で、チェコ国内におけるロシアや中国の情報機関の諜報活動が、非常に増加していることを明らかにしている。もちろん、ロシアによる影響力浸透は今に始まったことではなく、昔からドイツやオーストリア、そしてロシアといった周辺大国の狭間に置かれ、それら大国の影響力浸透に国運を左右されてきた小国チェコの置かれた厳しい地政学的条件が改めて痛感させられる。
  
 もっとも、実質的に「ゼマン信任投票」であった今回の選挙で、健康不安説のあるゼマン大統領を攻めきれなかったドラホシュ候補自身の原因(圧倒的な知名度不足、学者としての業績に対する疑問の声、政治経験不足、確固たる自分の意見やビジョンがなく反ゼマン票の支援を受けただけ等)も多分に影響したことは歪めず、何でもかんでもロシアや中国の影響力だけにドラホシュ敗北の原因を求めるのは、ことの本質を見誤る事になる。
  
 しかし、ここで注目したいのは、ロシアと同様に、中国も、「親露・親中」のゼマンを側面支持していた形跡が伺えることである。例えば、「ドラホシュと移民阻止」との新聞広告を打っていたチェコのアウトドア用品小売チェーンは、昨年秋に中国企業に買収されたものである。つまり、一帯一路構想を通じてその影響力を世界に投射しようと試みる中国は、2015年の北京での抗日戦勝パレードにEU唯一の国家元首として参加し、2017年には南京大虐殺博物館に公式訪問することで習近平首席に擦り寄る姿勢を示す親中大統領のいるチェコを「欧州への門戸」と位置付け、一路一体構想以外にも、旧東欧地域諸国に対する「16+1」イニシアチブ等を通じて積極的に関与の度合いを深めようとしているのである(その手法はロシアほど洗練されていないが…)。
  
 日本は、対チェコ累計投資額がドイツに次いで第二位とチェコにおいて一定の存在感を保持し、伝統文化やポップカルチャー等のソフトパワー効果も相まって、チェコ人の対日感情は良好(2017年12月調査によると日本に対する信頼度は59%とドイツと同等であり、50%の米国、30%のロシア、26%の中国よりも良好)であるが、その存在感は、近年の中国の存在感や中国ブームの高まりの前に、風前の灯火と化している。よって、中国のプレゼンス拡大を前に、我々は、何らかの対策を練らねばならない。
  
 チェコの大統領は象徴大統領であり、実際の外交権限は首相・内閣にある。しかし、昨年12月の首班指名後に下院議会で信任を得られず辞職して再度首班指名を待つバビシュ首相は、NATOやEU加盟国という路線は堅持するものの、全体的に外交に関心が薄く、バビシュ首相とゼマン大統領の間には、ゼマン大統領の親露・親中「経済外交」路線を容認する合意ができているのではと指摘される。これは、今後5年は親露・親中路線が継続・拡大されることを意味する。よって、河野外務大臣には、外交資源自体の強化とともに資源の選択と集中先を、状況の推移に応じて適宜見直し、日本の存在感が侵食されている地域に、日本のプレゼンスを維持・拡大するための諸策を効果的に実施することを求めたい。

 ◎再注目される「忘れられた海」

細田 尚志(2017/12/31) 

 2017年は、欧州諸国にとって、従来の東からのロシアの軍事的脅威や、南からの移民・難民・テロリストの流入に加えて、西からの圧力(トランプ大統領による国防費増額圧力や北大西洋条約第5条に対する疑義)や北からの脅威(ロシア軍の北大西洋や北極海における軍事活動の増加)にも対処する必要性に迫られた年となった。
  
 2014年のクリミア併合以来、「ロシア海軍は、規模は小さくなったが、その活動は冷戦時代のレベルを上回っている」とハワード米欧州海軍司令が指摘する通り、ロシア海軍の活動活発化、特に、潜水艦活動の増加は、冷戦崩壊以降に「忘れられた海」となっていた北大西洋や北極海においても顕著化してきている。これにより、欧州諸国は、第二次大戦時や冷戦時代に、大西洋への脅威の侵入を防ぐ重要なチョークポイントであった「GIUKギャップ(グリーンランド・アイスランド・英国間)」の防衛体制を再構築する必要に迫られている。
 
 しかし、NATO諸国は、ソマリア沖での海賊対処や地中海での移民対策作戦を除くと、冷戦終焉以降、主としてバルカン半島、中東、アフガニスタン等での陸上戦・航空戦で手一杯であったといえる。故に、2011年に更新されたNATOの『同盟海洋戦略(AMS)』は、ロシア海軍の潜水艦等の活動活発化という今日の事態に対処し得るものではなく、想定される脅威認識や対潜水艦戦(Anti-submarine warfare: ASW)戦略等、現状に合わせた更新が求められている。 
 
 さらに、NATO諸国や欧州諸国のASW能力も、ソ連潜水艦を封じ込める任務を帯びていた冷戦時代と比較すると格段に減少していると言わざるを得ない。例えば、1986年に234隻を数えたNATO諸国のフリゲートは、2013年には99隻にまで半減している。また、米海軍の攻撃原潜も、その多くが太平洋方面に配備されている。もちろん、単純な数の比較は意味をなさないが、ニムロッド洋上哨戒機を全廃した英国に見られるように、NATO諸国のASW能力が低下していることに疑念に余地はなく、その能力向上が求められている。
  
 この北からの挑戦に対し、米国は、1951年から2006年に撤退するまで使用していたアイスランドのケプラヴィーク基地に、再び哨戒機(今回はP-8)をローテーション配備する計画であり、トランプ大統領が署名した2018年国防権限法案には、大型ハンガーの建設費として1400万ドルが予算化されている。さらに、英国やノルウェーは米国からP-8の導入を決定し、ドイツとノルウェーは潜水艦の共同開発を検討するなど、ASW能力の再建に歩みだしている。但し、どうやって北からの脅威対処の必要性を、東や南の脅威に直面して手一杯になっている他の欧州諸国に説得するかという問題も依然として存在する。
 
 ロバート・カプランは、今日、マッキンダーのいうユーラシア中央部のハートランドよりも、スパイクマンが指摘するリムランドを獲得する方が、戦略的優勢を確保する上で重要になっていると指摘する。事実、東シナ海、南シナ海、インド洋、地中海、そして北大西洋と、リムランドを巡る緊張は、今後、高まることはあっても静まることはなさそうであり、日本と欧州諸国との防衛協力を更に促す情勢となろう。

細田 尚志  takashi HOSODA
(チェコ・カレル大学社会学部講師)
 
博士(国際関係学)(日本大学)。日本国際問題研究所助手(欧州担当)、在チェコ日本国大使館専門調査員を経て現職。著書に「『新しい戦争』とは何か」(共著・ミネルヴァ書房、2016年)等。