国際情勢を読む

ヨーロッパ・ロシア

 

◎「ザカルパッチャ州をめぐるハンガリー・ウクライナ論争」

志田 淳二郎(2018/10/14)

 北朝鮮の核・ミサイル危機に揺れた去年とは「緊張」から「融和」といった具合にムードが異なるものの、2018年9月下旬の国連総会、10月7日のポンペイオ国務長官の平壌訪問など北東アジアは北朝鮮問題で揺れているが、一方で、ヨーロッパは、ハンガリー・ウクライナ間の外交関係悪化により揺れている。先週末、両国は双方の大使館員の国外追放合戦を繰り広げた。両国の外交関係悪化の要因は何だったのか、そして、ヨーロッパ安全保障秩序にもたらす影響は何なのか、本小論で論じたい。舞台は、10万人以上のハンガリー系住民を擁するウクライナのザカルパッチャ州(トランスカルパチア州とも呼ばれる)である。

 9月19日、ザカルパッチャ州ベレホヴェ市のハンガリー総領事館が、当地のハンガリー系住民にハンガリーのパスポートを発行し、ウクライナ政府にはパスポート取得を報告しないよう説明していたことが判明した。ウクライナ政府は、事態を「独自のルート」で入手した隠しカメラの映像から把握し、これを「国籍スキャンダル」として、ハンガリーを非難するキャンペーンを開始した。原則的にウクライナは二重国籍を禁止している。翌週の国連総会の場を利用し、シーヤールトー(Péter Szijjártó)ハンガリー外務貿易大臣はクリムキン(Pavlo Klimkin)ウクライナ外務大臣と会談し、「国籍スキャンダル」問題の意見交換を行ったが、結局、物別れに終わり、10月4日、ウクライナ政府は、「国籍スキャンダル」を引き起こしたケシュケン(Erno Keshken)ハンガリー総領事を、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として、国外退去処分に処した。ハンガリー外務貿易省もブダペストに駐在するウクライナ大使を召還し、ブダペストのウクライナ大使館に勤務する領事1名を国外退去処分に処することを通告した。

 「国籍スキャンダル」から大使館員の国外追放合戦にまで発展した要因は次のように複合的なものである。まず、ハンガリーから見れば、ザカルパッチャ州のハンガリー系住民の問題は人権問題として映っている。前回の小論(FPC記事2018年5月3日)でも紹介したが、去年、ウクライナでは、新しい「教育法」が採択され、教育現場で使用する言語がウクライナ語で統一された。こうした動きに、ハンガリーは「ハンガリー系住民の権利を弾圧している」と非難し続けてきた。ザカルパッチャ州のハンガリー文化協会への二度の放火事件のような事件が起きるたびに、ウクライナ民族主義者によるハンガリー系住民への弾圧が起きる可能性を懸念するハンガリーが、新しい「教育法」の採択を、ウクライナ民族主義運動の流れの中で捉える傾向が強まっている。ザカルパッチャ州のハンガリー系住民をウクライナ政府が保護しないのであれば、ハンガリー政府が彼ら・彼女らを保護する、そのためにはパスポート発給から始めるというのが、ハンガリーの論理である。ベレホヴェ市ハンガリー総領事館内部の「国籍スキャンダル」の様子を隠しカメラで収めたのは、ウクライナ情報機関のエージェントによるものと考えているハンガリーは、ウクライナへの非難を緩めていない。

 他方、ロシアから「ハイブリッド戦争」の脅威を受けているウクライナは、「国籍スキャンダル」を安全保障問題として捉えている。2014年のクリミアのロシアへの編入や東部ウクライナ紛争の際に、ロシアはウクライナ国内のロシア系住民にロシアのパスポートを発給し、ウクライナ国内で弾圧を受けているロシア系住民の保護を名目に、軍事介入を行ったことがある。ウクライナとしては、ウクライナ国内の少数民族に他国のパスポートが発給されれば、彼ら・彼女らの保護を名目とする軍事介入を招きかねず、その後の領土編入も非現実的なシナリオではないとの危機感がある(無論、シーヤールトー外務貿易大臣は、ハンガリーのウクライナに対する軍事介入などあり得ないと報道発表している)。

 新しい「教育法」の採択後、ウクライナのNATO加盟の不支持を表明しているハンガリーが、「国籍スキャンダル」と大使館員の国外追放合戦を契機に態度を硬化させていくことは必至であり、全会一致の原則を貫くNATOの性格に鑑みれば、ウクライナのNATO加盟の道は遠のくことが想定される。実際、10月初旬にブリュッセルで開催されたNATO国防相会議でも、ハンガリー政府の反対により、NATO・ウクライナ委員会の会合が設定されなかった。ザカルパッチャ州をめぐるハンガリー・ウクライナ論争は、NATOの対ウクライナ政策をも大きく左右するものであり、ウクライナのNATO加盟問題とも密接に関係しているものなのである。両国間の対立が深めれば深まるほど、ウクライナ方面へのNATOのさらなる東方拡大の可能性は減じていく。こうした状況にロシアが満足していることは、今更指摘するまでもない。
 

ヨーロッパ・ロシア

 

◎「ドイツ統一の教訓」から見る朝鮮半島情勢の展望

志田 淳二郎(2018/6/17)

 2018年6月12日、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が開催された。トランプ大統領と金正恩委員長は文書に署名し、米国は北朝鮮の体制を保証し、北朝鮮は完全な非核化を約束し、新たな米朝関係を構築することで合意した。「体制保証」、「非核化」の方法は今後の米朝交渉で具体化していくことと思われるが、4月27日の南北首脳会談、6月の米朝首脳会談を契機に、朝鮮半島統一の動きが加速化することが予想される。本小論では、筆者が所有する米国、ソ連、英国、西独などの(未)公刊史料を基に、ドイツ統一の事例を安全保障の観点から振り返り、朝鮮半島情勢の展望について考えたい(紙幅の関係上、主要論点として以下3つをまとめた)。 
 
 (1)1989年11月9日のベルリンの壁崩壊後、統一の動きが加速化したのは、壁崩壊から19日後の11月28日、コール西独首相の「10項目提案」発表であった。「10項目提案」はコールと連邦首相府の一部の補佐官達が極秘で策定したものであり、西独外務省にも米国をはじめNATO同盟国にも事前連絡がなかった。西独主導の統一構想を打ち出したコールの思惑として次のことがあった。第一に、壁崩壊後も、ソ連、東独、英国は「二つのドイツ」路線を打ち出しており、統一の機運を逃すまいとするコールは「二つのドイツ」からなる国家連合(confederation)を越え、「一つのドイツ」を目指す連邦(federation)構築の主導権を握りたかった。第二に、数日後にはマルタでの米ソ首脳会談(1989年12月2~3日)を控えており、当事者たる西独の頭越しで米ソがドイツの命運を決するのではないかという「ヤルタの教訓」が働いていた。「10項目提案」突然の発表にホワイトハウスは狼狽したが、発表直後コールはブッシュ大統領に親書を送り、提案の中身とマルタ首脳会談を「第2のヤルタ」にしないよう要請した。ブッシュはマルタでソ連とともにドイツ統一問題についての「ヤルタ方式」は採用しなかった。1990年10月3日の統一完成に至るまでブッシュとコールは緊密に連携していた。

 (2)ドイツ統一はヨーロッパの東西分断の終焉をも意味した。そのため、ドイツ統一過程ではNATO解体論や在欧米軍(全軍)撤退論も度々沸き起こった。在欧米軍の約8割は西独に展開していたため、在欧米軍撤退論とNATO解体論はコインの裏表であった。サッチャーは統一ドイツ出現によるヨーロッパのパワーバランスの変化を安定化させるためには米軍駐留が不可欠と考えており、NATO解体論や米軍撤退論に神経質だった。コールも統一ドイツは「第二のヒトラー」にならないと周辺諸国に保証するために、統一ドイツのNATO加盟を既定路線とした。NATO加盟論は統一ドイツには引き続き「瓶の蓋」としての米軍が駐留することを意味する。ブッシュやスコウクロフト補佐官も、米軍撤退がヒトラーの台頭を許したという「戦間期の教訓」から統一過程で在欧米軍駐留継続を規定路線とし、NATOに加盟し、米軍駐留が継続する統一ドイツが誕生した。実は、統一ドイツへのバランシングの観点からゴルバチョフ書記長もシュワルナゼ外相なども統一ドイツへの米軍駐留を歓迎していた。

 (3)ドイツ統一はヨーロッパの軍縮の流れの中で達成された。INF(中距離核)は完全撤去され、CFE(欧州通常戦力)交渉も進み、各国常備軍の大幅削減が進んだ。とはいえ、崩壊直前の東独の兵員は最大17万人、西独は49万5000人を数え、単純合計すれば統一後のドイツ軍は最大67万人にのぼり、英国やフランスの兵員数(それぞれ31万、47万)を上回る数であった。ドイツ軍国主義再来を恐れる周辺諸国への配慮の観点から、西独は統一後の連邦軍の兵員数を37万人とする拘束的宣言をCFE条約に附属させ、周辺諸国から歓迎された。 
 
 以上から朝鮮半島情勢を展望する際のいくつかの教訓をまとめたい。第一の教訓は、分断国家の将来が大国間合意で決せられてはならないとする「ヤルタの教訓」である。米朝間の軍事的緊張が高まり、半島情勢が米中関係の変数となることを回避した韓国にもこの教訓が働いている。2018年3月6日、4月に南北首脳会談実施について北朝鮮と合意をとりつけるべく、韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長、徐薫(ソ・フン)国家情報院長らの特使団の訪朝はその典型である。訪朝後、二人は直ちに訪米しトランプ政権閣僚に北朝鮮側の意向を伝達している。韓国大統領府主導の意思決定は、どこか西独の連邦首相府のそれと似ている。

 第二の教訓は、「在独米軍の教訓」である。英国、西独、ソ連、東欧までも統一ドイツの駐留米軍は地域の安定化に貢献するものと歓迎した。ブッシュ政権も「戦間期の教訓」から米軍撤退論を否定した。在独米軍と同様に、在韓米軍は北東アジアの安定要素と関係各国が意見の一致を見るのは容易くはないだろう。「体制保証」され「非核化」に務める北朝鮮を「明白かつ差し迫った危険」と認識しなくなれば、また朝鮮統一のムードが苛烈になれば在韓米軍撤退論が韓国国内から湧き上がろう。同盟維持コストと「巻き込まれ」のリスクが高いという「米韓同盟の教訓」から在韓米軍撤退をトランプ大統領が切り出してくることも否定できない。中国が在韓米軍の存在を地域の安定要素として歓迎するとの見込みも少ない。
 
 第三の教訓は、「常備軍制限の教訓」である。ドイツ統一はヨーロッパの軍縮の中で達成されたが、現在の北東アジアでは軍拡の流れが強い。ドイツ統一過程でも「統一ドイツの常備軍に上限を設定することはヴェルサイユ講和条約の対独懲罰措置(陸軍10万人に制限、参謀本部廃止)と酷似している」ことから、統一後のドイツ軍への上限設定に消極的だった閣僚もコール政権にいたほどである。今後、何らかの形式(国家連合あるいは連邦)で半島統一が進めば、100万を優に超える常備軍を持つ統一国家が半島に出現することを意味する。地域の軍拡の流れの中で、常備軍の上限設定措置を、コリアン・ナショナリズムが受容するかも今後の重要な課題となろう。
 
 つまりドイツと朝鮮は「分断国家」という点では似ているが、もはや取り巻く地域の国際環境は大きく異なる。そして政策決定者の個性や意思決定の手法が、地域秩序再編にもたらす影響も大きい。先般の小論(FPC記事3月22日)でも指摘したように、日本にはあらゆるシナリオを想定した数手先を読む思考が真に問われている。
 

ヨーロッパ・ロシア

 

◎ハンガリー政治から見るヨーロッパ安全保障の展望

志田 淳二郎(2018/5/3)

 2018年4月8日、ハンガリーで行われた総選挙で、現職のビクトール・オルバン首相率いる与党フィデス・ハンガリー市民連盟が圧勝した。反移民、反リベラル、反EUを掲げるオルバン政権の継続は、ヨーロッパのポピュリズムの台頭に拍車をかけることにつながると各種報道は伝えている。バルカンと西ヨーロッパの間に位置するハンガリーは、2015年に、シリア内戦を受けた大量の移民・難民がドイツを目指す中継地となり、ブダペストの鉄道駅は移民・難民で溢れかえり、セルビア国境を「バルカンの壁」で封鎖するという混乱を経験したことがある。先般の総選挙では、「不法移民・難民の流入からハンガリーを守る」、「ブリュッセルからハンガリーを守る」とするフィデスと、「移民・難民受け入れについてEUと足並みを揃えるべき」とし、オルバンの強権化に反対するリベラル勢力との対決となった。その構図はどこかトランプ現象と酷似している。トランプ大統領も、「ワシントン」から政治を取り戻し、メキシコ系不法移民の流入を阻止する「壁」を築き、「アメリカを再び偉大にする」と訴えた。オルバンも市民集会の演説で「ブリュッセル」から政治を取り戻し、「ハンガリーを再び偉大にする」と訴えていた。一方で、ナショナリスティックな言説が支配的になっているものの、他方で、ハンガリーはEUやNATOの西バルカン諸国への拡大を支持してる。と思いきや、ウクライナ・NATO間協力について、ハンガリーは前向きではない。ハンガリー政治情勢はヨーロッパ安全保障の展望を考察する上で、重要な変数となり得そうである。このことから、本小論では、ハンガリー政治からヨーロッパ安全保障の展望を素描してみたい。
 
 2018年3月14日から17日にかけて、アゼルバイジャンのバクーで開催された国際会議で、イシュトバーン・ミコラ外務貿易省副大臣(安全保障・国際協力担当)は、ハンガリーのEU・NATO加盟の経験を、西バルカン諸国(セルビア、モンテネグロ、アルバニア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ)に共有する意気込みを表明し、1ヵ月前に欧州委員会が発表したEUの西バルカン拡大の新戦略への支持も示した。NATOの西バルカン拡大についても、2017年のモンテネグロのNATO加盟をバネに、今後は、ボスニア・ヘルツェゴビナもNATOに加盟すべきと説いた。NATOの西バルカン拡大については、2017年3月、ストルテンベルクNATO事務総長との会談の際に、オルバン首相が「ヨーロッパ防衛システムのウィングを強化する必要がある」と主張している。オルバン首相のいう「ヨーロッパ防衛」とは、対ロシアではなく、「不法移民・難民と戦うため」としている。ハンガリーとしては、バルカンルートで不法入国してくる移民・難民に対処するには、南方の西バルカン諸国のガバナンス強化が不可欠と考えているのだ。実際、不法移民・難民を取り締まるべく、2017年2月、15名から25名規模のハンガリーの警官隊がセルビアとマケドニアに派遣され、現地警察の監督下で活動している(すでに、マケドニア派遣は10回目、セルビア派遣は4回目を数える)。
  
 NATO・ウクライナ間協力については、ハンガリーはNATO加盟国と足並みを揃えていない。その原因は「オルバンが親露派だから」という点では説明できない。ウクライナでは昨年、新しい「教育法」が採択され、教育現場で使用する言語をウクライナ語に統一することを決定し、ハンガリーがこれに反発している。ウクライナのトランスカルパチア州(ウクライナ語:ザカルパッチャ州)には、多くのハンガリー人が居住していることから、「少数民族の権利を侵害している」とハンガリーがウクライナに抗議している。昨年11月下旬に筆者も参加した、ウクライナ危機への対応を議論する研究会で、ハンガリー政府関係者がウクライナ政府関係者に「教育法」について言及し、お互いが履いている革靴をフロアに叩きつけながら、感情的にそれぞれの主張を展開し、ウクライナ危機への対応という肝心の論点が逸れてしまう一幕もあったくらいであった。今年2月には、ウクライナのトランスカルパチア・ハンガリー文化協会施設が何者かに襲撃される事件が2度も発生した。複数の情報を当たってみても犯行グループの全貌は浮かび上がってこないが、ハンガリーはウクライナの民族主義団体の犯行という見方を強めている。情報戦の一環で、ロシアはウクライナの過激な民族主義団体を「ナチズム」と形容し、ハンガリー・ウクライナ間の問題に介入している。「教育法」問題が解決されない限り、NATO・ウクライナ間協力はあり得ないとするハンガリーは、ウクライナが希求するNATO・ウクライナ国防大臣会合の定例開催提案を拒否した。ウクライナはこうした動きに、「ハンガリーはプーチンの地政学的野望に加担している」と非難し、結果、ウクライナ危機の解決やウクライナのNATO加盟などの道筋は立っていない。
 
 以上のことから、ハンガリー政治情勢からヨーロッパ安全保障を「親露派・反リベラル 対 EU・NATO(ブリュッセル)」というスコープから展望することは的外れである。そうではなくて、「ハンガリーのナショナル・インタレストの体現者としてオルバン政権」という点から覗くと、ヨーロッパ情勢がすっきり説明できる。EU・NATOの西バルカン拡大をハンガリーが支持しているのは、それによって、ハンガリーの南部国境のガバナンスが強化され、ハンガリーのナショナル・インタレスト(=不法移民・難民の流入による社会の不安定化阻止)を確保できるからであり、東方の隣国ウクライナの「教育法」については、ウクライナ・NATO間協力を阻害してまでも抗議することで、ハンガリーのナショナル・インタレスト(=国外ハンガリー人の権利保護)の擁護者として、オルバン政権は振舞っている。オルバンの「ブリュッセル」への口撃は、政治レトリックでしかないと理解するのが適切であろう。移民・難民問題を除けば、ハンガリーはEU・NATO加盟国として、ナショナル・インタレスト(=安全保障・経済成長の確保)を享受している。この枠組みからハンガリーが大きく逸脱し、ヨーロッパ安全保障が劇的に変化する見込みは少ないが、ハンガリーのナショナリスティックな政治言説が変数となって、西バルカン諸国やウクライナ情勢に変化を与え、ひいてはヨーロッパ安全保障環境を変容させていくことは想定できる。
 
 本小論で述べたように、今後のヨーロッパ安全保障は、ヴィシェグラード諸国(ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロヴァキア)、ウクライナ情勢、EU・NATOとロシア関係と密接に関係しながら新局面に入った西バルカン地域抜きには語れなくなろう。今年の日本外交がバルト三国、ブルガリア、セルビア、ルーマニア歴訪で始まったことは以前紹介したが(2月18日FPC記事)、ブルガリアおよびセルビア訪問中、安倍首相は「外交のフロンティア」である西バルカン地域協力を促進すべく、西バルカン担当大使を新設することを表明している。日本がこの地域にも本格的にコミットしていくのであれば、目まぐるしく変わる地域情勢のコンスタントかつリアリスティックな情報収集・分析が不可欠となろう。

ヨーロッパ・ロシア

 

◎「ウクライナの教訓」から見る近時の朝鮮半島情勢 

志田 淳二郎(2018/3/22) 

 2018年3月、朝鮮半島情勢が急展開を見せている。北朝鮮と韓国は4月末、板門店の「平和の家」で南北首脳会談を開催することで合意し、「北朝鮮に対する軍事的緊張が解消されて体制の安全が保障されれば、北朝鮮は核を保有する理由がない」とする北朝鮮側の意志も国際社会に公表された。トランプ大統領も金正恩委員長と史上初の米朝首脳会談に臨む旨を発表した。「軍事的緊張の解消」、「非核化」、「体制保障」という用語を並び立ててきた北朝鮮の今後の行動を分析する際には「ウクライナの教訓」が参考になろう。
  
 1991年12月のソ連解体により、ウクライナは連邦構成共和国の地位から脱却すると同時に、突如、大量のソ連製核戦力を引き継ぐことになった。その内訳は、5000発に上る核地雷を中心とする戦術核に加え、戦略核の核弾頭1700~1900発、運搬手段については、多弾頭化(六弾頭搭載可能)ICBM・SS-19・130基、多弾頭化(十弾頭搭載可能)ICBM・SS-24・46基、ベアーH型およびブラックジャック戦略爆撃機・44機、これら航空戦力に搭載可能な数百発の巡航ミサイルKh-55であり、期せずしてウクライナは英国、フランス、中国を凌ぐ「世界第三の核保有国」となった。一方で、冷戦終結後の核拡散を懸念していた米国、英国、ロシアは、ウクライナを非核保有国の地位でNPTに加入することを迫った。他方、冷戦終結により軍事的緊張が解消しつつあるとはいえ、ロシアと国境を接するウクライナにとって、核を放棄する代わりに、国際社会から自国の領土一体性を確約してもらうことが課題であった。双方の要求を満たす方式が1994年のブダペスト覚書であり、ウクライナは核を放棄する代わりに、米国、英国、ロシアはウクライナの領土一体性を保障し(第1項目)、ウクライナへの武力行使および武力による威嚇を控えることとした(第2項目)。非核保有国ウクライナに対して、万が一、核を使用した武力行使および武力による威嚇が発生した場合、米国、英国、ロシアはウクライナへの援助(assistance)を提供するよう、国連安保理に働きかけることも約束された(第4項目)。このブダペスト覚書の精神は2014年のウクライナ危機の際のロシアの軍事介入により崩れたことは周知の通りである。「ブダペスト覚書でロシアが約束したのはウクライナを核攻撃しないことだ」とロシアのラブロフ外相は主張しており、米国のウクライナ援助も武器供与に留まっている。国連安保理も機能不全に陥っている。いくつかの解釈の余地を残したブダペスト覚書の文言と、それを担保する具体的な安心供与措置の不在が、ウクライナ危機(=体制の不安定化)を招いた。
  
 以上を踏まえれば、「ウクライナの教訓」は、「『非核化』を選択した国家の『体制保障』は、『軍事的緊張の解消』を担保する確固たる安心供与措置が必要」とまとめられよう。北朝鮮の核武装の論理は、イラクのフセインやリビアのカザッフィーなどの独裁者が、核を保有しなかったがゆえ、米国の軍事力によって体制を崩壊させられたから、米国と対等な数を保有せずとも、小規模の核だけで、米国の武力行使を回避する「最小限抑止」論であった。体制維持の先にある朝鮮統一という北朝鮮の究極目標は、北ヴェトナムが米軍を完全撤退させて祖国を統一した「ヴェトナム方式」を参考にしており、北朝鮮は在韓米軍完全撤退をも視野に入れている。もとより、朝鮮戦争の形成を逆転させ、統一の夢を挫いた仁川上陸作戦の部隊は日本から派遣されたことから、在日米軍も北朝鮮からすれば厄介な存在である。これらを総合的に勘案すると、北朝鮮は「非核化」と引き換えに、「体制保障」のための確固たる安心供与措置、具体的には、在韓米軍(あるいは在日米軍)撤退を南北対話や米朝会談で迫ってくるかもしれない。朝鮮半島の「平和」を妨げている「軍事主義」の象徴たる米国の前方展開戦力の撤退がなければ、体制維持に必要な核の放棄は応じられないとする北朝鮮の行動が一つの可能性として想定できよう。仮に「非核化」に本気であれば、北朝鮮はブダペスト覚書で曖昧にされた「体制保障」の措置をパッケージ提案してくることも想定される。ここで北東アジアにおける米国の前方展開戦力の削減措置が盛り込まれてくれば、地域における「力の空白」を意味するから、今後の南北対話、米朝会談の展開は、朝鮮半島を越えて、中国の海洋進出による米中関係、日中関係の進展と密接にかかわる地域全体の問題を潜在的に内包している。他の地域の教訓に学びつつ、あらゆるシナリオを想定した数手先を読む思考が、今、日本に問われている。

◎フィンランドにおけるハイブリッド脅威対策センター設立の背景と意義 

志田 淳二郎(2018/3/18) 

 日本ではあまり報道されていないが、フィンランドの首都ヘルシンキにハイブリッド脅威対策センター(The European Centre of Excellence for Countering Hybrid Threats:Hybrid CoE)が去年設立され、本格始動を開始している。「ハイブリッド脅威対策」という名称から分かるように、同センターはクリミア併合の際に遂行されたロシアの「ハイブリッド戦争」型の脅威への対策を調査・研究することを目的に設立された。本小論では、同センター設立の背景と意義について考えてみたい。
 
 ウクライナから分離・独立したクリミアが「クリミア自治共和国」としてロシアに編入された1ヵ月前の2014年2月下旬、クリミア半島に突如出現した謎の武装集団(little green men)はウクライナ地方政府庁舎・議会・軍施設を次々と占拠し、クリミア半島をウクライナから物理的に分離させることに成功させた。またウクライナはサイバー攻撃を繰り返し受け、クリミア半島をつなぐ通信ネットワークや、ウクライナ国内の反ロシア派のウェブサイト、FacebookなどのSNSも遮断され、情報伝達機能が著しく麻痺し、虚偽情報が氾濫(ディスインフォメーション)、ウクライナ政府の政策決定過程に狂いが生じた。これと並行し、ウクライナ国境付近に15万名規模のロシア軍が「訓練」のため展開し、クリミア半島情勢の如何によってはいつでも軍事介入できる態勢を確保していた。結果、正規軍同士の武力衝突を伴わない形で、クリミア併合は1ヵ月も経たぬうちに完了してしまう。リトル・グリーン・メンもサイバー攻撃も、ロシアの関与によるものという見方がEU、NATO、安全保障研究者の間では常識となっている。
 
 「ハイブリッド戦争」にいかに対処するかがヨーロッパ諸国にとって喫緊の課題となった。2016年4月に欧州委員会はヘルシンキにこの問題を総合的に研究する機関の設立案を採択し、同年12月にEUとNATOがこれに合意した。ウクライナ危機からその間わずか2年である。米国、英国、スウェーデン、スペイン、ポーランド、ノルウェー、オランダ、ドイツ、フランス、フィンランド、バルト三国がHybrid CoEの参加国に名を連ねている。指摘するまでもなく、従来型の戦争を軍事力に依拠した抑止戦略(拒否的抑止、懲罰的抑止)だけでは、非国家主体の投入から、政治・経済・外交的圧力、サイバー攻撃・デマの拡散などの情報戦までをも伴う「ハイブリッド戦争」を抑止することは困難であるから、「ハイブリッド戦争」を法律・安全保障・さらにはプライベートセクターの視点から検討するための素材を、Hybrid CoEが今後広く一般公開していくことが期待される。
 
 ところで、時を同じくして、バルト国防大学の機関誌の最新論文には「レジリエンス抑止(deterrence by resilience)」という概念が発表されている。同概念は、サイバーネットワークなどの重要インフラ強化、エネルギー供給源の多様化(ロシアへのエネルギー依存度の相対的低下)、虚偽情報の拡散に迅速かつ効果的に対処する戦略的コミュニケーション機能の拡充などを想定している。攻撃側に「ハイブリッド戦争」を仕掛けても得られる利益は少ないと認識させ、攻撃の誘因を低下させるという点において、伝統的な「拒否的抑止」にカテゴライズすることが可能かもしれないが、抑止機能を担保する実体を軍事力ではなく社会全体のレジリエンス機能とした点において、「レジリエンス抑止」は画期的な概念と言えよう。Hybrid CoEの存在それ自体が「レジリエンス抑止」機能の強化に資するものであると捉えることが可能であろう。同センターが有する意義の大きさを日本としても見逃してはならない。

◎ウクライナ危機とバルチック・インセキュリティー 

志田 淳二郎(2018/2/18) 

 2018年の日本外交は安倍首相のエストニア、ラトビア、リトアニア、ブルガリア、セルビア、ルーマニア歴訪(1月12日~17日)で始まった。いずれも日本の首相が訪問するのが初めての国々であり、日本としては「外交のフロンティアを広げる」(菅義偉官房長官)狙いがあった。各国首脳との会談の席上、安倍首相は、(1)経済協力を通じた二国間関係の強化、(2)ヨーロッパの主要都市を射程に収める弾道ミサイル開発を進める北朝鮮の核武装化は断じて容認できず、核・ミサイル開発の政策変更を迫るため、北朝鮮に対し最大限の圧力をかける必要性を確認し合った。また、両国首脳は、法の支配に基づく国際秩序の維持・強化の重要性についても確認した。この法の支配に基づく国際秩序の維持・強化について、2014年のウクライナ危機後のバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は、周辺の安全保障環境の急速な不安定化に直面している。本小論では、ウクライナ危機がバルト三国の安全保障に与えた影響について考察したい。 
 
 ウクライナ危機は、ロシアの拡張主義・修正主義的行動の印象を近隣諸国に知らしめた。地理的にロシアと国境を接するエストニアとラトビア、ロシアの友好国ベラルーシとロシア領カリーニングラードに挟まれるリトアニアといったバルト三国も例外ではない。冷戦期のドイツやベルリンのように、バルト三国は2004年のNATO加盟後、国境を挟んだロシア軍と対峙するNATO正面となった。昨年9月のロシア・ベラルーシ両軍の大規模軍事演習(Zapad 2017)はバルト三国を囲む形で行われたのである。ロシアの軍事的脅威を感じるバルト三国は軍事費を大幅に増額させ、バルト平和維持大隊(BALTBAT)、バルト海軍航空隊(BALTRON)、バルト対空監視網(BALTNET)、バルト国防大学(BALTDEFCOL)などを通じた既存の三ヵ国の安全保障協力体制を強化する傍ら、英国、カナダ、ドイツがそれぞれリード国となるNATO陸軍大隊の受入国となった。米国、英国、カナダ、ドイツ空軍などNATO加盟国の空軍が持ち回りで領空警備活動(Baltic Air Policing)に参加するなど、NATOも軍事態勢の強化に乗り出している。 
 
 ウクライナ危機がバルト三国に与える余波についての見方は割れている。まずウクライナ危機のようなバルト三国へのロシアの軍事侵攻はないとする見方がある。米国ランド研究所は、NATOの対露抑止が作用しているため、ロシア軍のバルト三国侵攻は起こりにくいとする報告書を発表した。モスクワ高等経済学院シニアフェローのワシリー・カーシンは、ロシアはサンクトペテルブルク近郊の港町の整備を進めているため、バルト海に進出するためのエストニアやラトビアの港は必要としていないとする。こうした米露の専門家の分析とは裏腹に、バルト三国は当地へのロシアの軍事侵攻は起こり得るとの見方を強めている。かつてソ連解体を加速させた分離運動の主導国ウクライナやバルト三国などを取り戻すことで、旧ソ連時代の勢力圏回復をロシアは目論んでおり、その第一歩がウクライナ危機であったと見ている。さらにバルト三国を悩ませているのが、ウクライナ危機におけるロシアの「ハイブリッド戦争」である。宣戦布告なしに非正規軍の投入、政治・経済的圧力、親露的プロパガンダ・デマの拡散などの情報戦およびサイバー攻撃を織り交ぜながら、主要都市、軍事拠点、親露派住民の多い地域の占拠および分離を画策する「ハイブリッド戦争」は、ロシア系住民が多く住むエストニアやラトビアにとって重大課題である。実際、去年からロシアは「ハイブリッド戦争」の一環でラトビアに情報戦をしかけているとラトビアのエドガルス・リンケービッチ外相は話す。バルト三国は「第二のウクライナ」になるまいとNATOの軍事態勢強化に協力すると同時に、安全保障分野の新領域の研究も行っている。エストニアの首都タリンにあるNATOの研究施設協調的サイバー防衛研究拠点(CCDCOE)が通称『タリン・マニュアル』を作成しサイバー空間に適用できる国際法を研究したことは知られているが、最近、バルト国防大学の機関紙Journal on Baltic Security最新号所収の論文には、「ハイブリッド戦争」が国連憲章の定める武力行使又は武力による威嚇に該当するかどうか、「ハイブリッド戦争」に対する自衛権発動の構成要件についての議論がまとめられている。「日本外交のフロンティア」としてのNATO東部方面でのダイナミズムは、法の支配に基づく国際秩序の維持・強化と同時に、安全保障研究の新たな難題を日本に投げかけている。

 ◎危機下のウクライナが追求する二国間関係(3)ー日本の場合

志田 淳二郎(2018/1/29) 

 ウクライナの『国家安全保障戦略』(2015年発表)は、英国、カナダ、オーストラリア、日本などを米国、ポーランドに次ぐ「特権的パートナーシップ(privileged partnership)」の一員としている。名称こそ違えど、その性質は、ロシア軍と親露派武装勢力の攻勢を前に、国家主権を維持したいウクライナが追求する「戦略的パートナーシップ」とそう大差はない。本小論では、ウクライナが「特権的パートナーシップ」対象国として見据える日本の視点に立ち、日本の対ウクライナ政策の概略と今後の展望について考察したい。 
 1992年1月、日本はウクライナと外交関係を開設し、ソ連から独立して間もないウクライナ経済・社会の安定および民主化支援の主要援助国の一翼を担ってきた。過去25年間で日本は、有償資金協力(1690億円)、無償資金協力(93億円)、金融支援(580億円)、チェルノブイリ・核不拡散関連支援(219億円)、技術協力(65億円)におよぶウクライナ支援を実施している。2014年3月、ウクライナ危機に際して、日本はG7各国とともに、ウクライナの法律および国際法に反してウクライナの「領土一体性」を変更する取組の停止をロシアに要求するG7首脳声明を発表した。2016年5月には日本政府として、約1400万ドルをUNDP(国連開発計画)、UNICEF(国連児童基金)、IOM(国際移住機関)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、OCHA(国連人道問題調整事務所)ほか9つの国際機関に拠出し、ウクライナ東部の紛争地域における公共施設復旧、医療施設への機材供与、救援物資支援への参画を発表している。ウクライナは地理的に遠く離れたアジア太平洋の民主主義国家、日本から多額の援助を受け続けているのだ。 
 ウクライナが自国の国家主権を維持すべく、「特権的パートナーシップ」の締結国として日本のほかに英国、カナダ、オーストラリアを挙げていることは興味深い。というのも、これらの国々は安倍首相の「地球儀を俯瞰する外交」の重要なパートナーでもあるからだ。日米安全保障協議委員会(1960年設置、1990年改組)として始まった外務・防衛担当者の「2プラス2」は、いまや米国以外の各国にも広がっている。すでに日本は、日英「2プラス2」(閣僚級:2017年12月に第3回会合)、日加「2プラス2」(次官級:2014年3月に第2回会合)、日豪「2プラス2」(2017年4月に第7回会合)を開催し、法の支配に基づく国際秩序を維持すべく日本と当事国間の安全保障・防衛協力の強化を確認している。ウクライナの「特権的パートナーシップ」構想と安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略」は「法の支配に基づく国際秩序の維持」、つまり、民主主義という価値の次元で接合可能なのである。今後、一方で、法の支配に基づく中東欧秩序の安定とウクライナの民主主義を擁護する主要アクターであり続けながら、他方で、北方領土・平和条約および北朝鮮情勢をめぐる対露交渉を展開しなくてはならない日本には、高度なバランス感覚が一層求められよう。

◎危機下のウクライナが追求する二国間関係(2)ーポーランドの場合

志田 淳二郎(2018/1/13) 

 ウクライナの『国家安全保障戦略』(2015年発表)は、米国に次いで、ポーランドを最重要パートナーとしている。国連安保理常任理事国の英国やフランス、NATOやEU内で大きな影響力を持つドイツがこの位置にいないことは興味深い。本小論では、なぜウクライナはポーランドとの戦略的パートナーシップの構築を追求しているのか、その論理について考えていきたい。
 
 冷戦終結により、ソ連の「東欧衛星国」と「連邦構成共和国」の地位から脱却したポーランドとウクライナは、善隣友好条約(1992年5月)締結以降、安全保障政策の座標軸を異にしながらも、良好な二国間関係と地域における利益を共有してきた。ポーランド、チェコ、ハンガリーのNATO加盟(1999年)は一つの転換点であった。このNATOの東方拡大をロシアは強く警戒したが、ウクライナは中東欧地域の安全保障に資するものと歓迎する姿勢を示した。ポーランドとしても、「我々にとって、ウクライナの独立はポーランドの安全保障とヨーロッパの安定を保障する重要な要素」(ダリウシュ・ロサティ元ポーランド外相)とあるように、ウクライナの独立そのものが、NATOを基調とするポーランドの安全保障政策の前提でもあり、かつ目標でもあった。
 
 ウクライナ危機はポーランドにしてみれば看過できない重大事項であった。ポーランド国防省の『戦略防衛レビュー』(2016年)は、ロシアがあらゆる手段―国際法違反、他国への武力による威嚇および武力行使―を用い、グローバルな勢力均衡下のロシアの地位向上を目指しているとした上で、ポーランド周辺でのロシアの行動を地域における深刻な脅威としている。中でもジョージア戦争(2008年)とウクライナ危機(2014年)で、NATO東部方面でのロシア軍との軍事的不均衡が顕著になったとし、これに均衡をもたらすべく、ポーランドはNATOの集団防衛態勢の強化に貢献することを強調している。実際、2014年以降、ポーランドはNATO軍の多国籍大隊の受入国となり、NATOのBMD(弾道ミサイル防衛)システムの一環として、2018年稼働予定の陸上型イージスをレジコボに配備している。2015年暮れには欧米の複数のメディアは、ポーランドがNATOの「核共有」体制への参画を本格検討していると報じた(後日、ポーランド国防省はこうした動きを否定する声明を発表している)。いずれにせよ、ポーランドがNATO東部方面における対露軍事態勢を支える重要な国家であることに疑念の余地はない。
 
 NATO条約第5条が自国防衛のため適用できないのは承知のウクライナであるが、ロシアとの経済関係悪化というリスクを顧みず、対露脅威認識の下、ウクライナ危機への対応としてNATOの集団防衛態勢強化に貢献するポーランドは、ウクライナとしては心強いパートナーである。ウクライナは2020年までにポーランドとの間で軍事援助条約の締結を目標としている。対ポーランド戦略の根底には、ウクライナ・ポーランド間の軍事援助条約とNATO条約を接合させるウクライナの狙いがあるかもしれない。すなわち、ウクライナが他国から武力攻撃を受けた場合、ポーランドは軍事援助条約の下、集団的自衛権を行使し、ウクライナ防衛に関与し、ポーランドに展開するNATO軍も導火線(tripwire)の役割を果たし、NATO条約第5条までもウクライナ防衛のために適用させるという論理があるのかもしれない。

◎危機下のウクライナが追求する二国間関係(1)ー米国の場合 

志田 淳二郎(2018/1/9)

 1994年のブダペスト覚書(米英露3ヵ国が調印)で保障されたウクライナの「領土一体性」が、ロシア軍と親露派武装勢力の攻勢を前に崩れ去りつつある。ロシア軍の関与が疑われる親露派武装勢力と反露派住民の衝突を経て、2014年3月、ウクライナから独立したクリミアが「クリミア共和国」としてロシアに編入されることが決定された。2017年4月に独立を宣言した「ドネツク人民共和国」は2017年7月、首都をドネツクとする新国家「小ロシア」建国を宣言した。現在、ウクライナは国家主権が揺らぐ危機下にある。
 
 国家主権を維持するための安全保障政策には、「自強」と「同盟」の二つがあることは、前回の小論(2017年12月10日)で素描したが、やや深く掘り下げてみると、二つの間にはいくらかグラデーション、すなわち、安全保障条約締結に至らないまでも、二国間の戦略的パートナーシップを構築するというものである。本小論では、3回にわたり、危機下のウクライナが追求する二国間関係について考察したい。
 
 ウクライナの『国家安全保障戦略』(2015年発表)は、ロシアの軍事行動を「民主主義世界の結束」への挑戦と非難し、ウクライナの国家主権への脅威を極小化すべく、戦略的パートナーシップを締結すべき対象国として、米国(最上位)、ポーランド(第二位)、次いで英国、カナダ、オーストラリア、日本などを挙げている。最大の軍事大国かつブダペスト覚書の当事国である米国が最上位なのは当然であろう。かつて「世界の警察官」を辞めるとしたオバマ政権ではあったが、ウクライナ危機に「民主主義世界の盟主」たる米国が何も行動をとらない訳にはいかない。2016年9月、米国防総省とウクライナ防衛省は「パートナーシップ・コンセプト」を採択し、米国のウクライナ軍の防衛力強化への支援を確認したが、トランプ外交の始動は、ウクライナの視点に立てば、米国のヨーロッパ防衛からの撤退に映った。2017年5月のNATO首脳会議でのトランプ演説はNATO条約第5条に関わる米国の信頼性低下、7月のプーチンとの首脳会談ではウクライナ情勢が米露の取引(deal)で決せられる可能性を惹起させた。とはいえ、トランプ政権の『国家安全保障戦略』(2017年12月18日)は、ロシアを「修正主義国家(revisionist power)」とし、ロシアのウクライナでの行動を「侵略(invasion)」と表現している。ロシアの修正主義的行動からウクライナ、ひいてはヨーロッパを防衛することを打ち出した同戦略の発出は、トランプ政権のウクライナへの4150万ドル相当の武器供与発表(2017年12月20日)と無関係ではない。だが情勢の進展如何によっては、ウクライナ情勢をめぐりウクライナの頭越しで何らかの米露間の取引がなされる可能性が薄らいだわけではない。
 
 こうした中、ウクライナでは核武装論の声が高まっている。かつてウクライナは核を放棄する道を選んだ。1991年8月にソ連から独立したウクライナには旧ソ連製核戦力が残存していた。1992年にウクライナはソ連の後継国家ロシアに全ての戦術核を移管したが、依然、国内には約1600発の戦略核があり、これらの核は1994年のブダペスト覚書で放棄されることが決まった。このことは主権宣言(1990年7月16日ウクライナ最高会議採択)で「核兵器を使用、生産、保有しない」とする「非核三原則」に沿うものであった。もとよりNATOの非加盟国ウクライナには米国の「核の傘」が及んでいない。とすれば、残る核武装のオプションは「非核三原則」を修正し、米国の核を「持ち込む」、「核共有」(nuclear sharing)であり、この認識がウクライナの識者の間でにわかに広まりつつある。2017年11月下旬、ブダペストでウクライナ情勢について国際政治学者、EU、ウクライナ政府関係者が集う研究会が開催され、筆者も聴講者として参加した。一人のウクライナ人外交官が会場に響き渡る声でこう発言した。「過去ウクライナは最大の過ちを犯した。ソ連解体後に自国に残存する核を完全に放棄してしまった。もし我々に核があれば、プーチンの侵攻を許すことはなかった」。まさに核抑止論に基づく発言である。無論、米国の判断に大きく左右されようが、ウクライナへの武器供与を基調とする米国との戦略的パートナーシップの究極形態に「核共有」体制の確立があることは、ヨーロッパの一つの現実を表している。

◎ウクライナ情勢をめぐるNATOの対露軍事態勢 

志田 淳二郎(2017/12/10)

 今年も残すところ後わずかとなった。2017年は日本を含む東アジア諸国にとって北朝鮮情勢に大きな関心を寄せる年となったが、ヨーロッパではウクライナ情勢をめぐり新たな段階を迎えたNATOの対露軍事態勢に注目が集まっている。本小論では、2014年のウクライナ危機以降のNATOの軍事態勢の変遷を追い、その背後にあるNATOの論理に迫ってみよう。
  
 2014年9月の首脳会談(英国ウェールズ)でNATOはロシアのウクライナ攻撃を強く非難し、(1)NATO即応部隊(NATO Response Forces:NRF)の強化、(2)共同軍事演習の継続、(3)弾道ミサイル防衛(Ballistic Missile Defense:BMD)システムの整備を挙げ、ウクライナ情勢を睨んでNATO東部方面での集団防衛態勢の強化方針を決定した。続く2016年7月のNATO首脳会談(ワルシャワ)では、ポーランドとバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)4ヵ国に多国籍部隊4個大隊(計4000名)を展開させ、米国、英国、カナダ、ドイツがそれぞれリード国となることが決定した。またルーマニアに多国籍旅団を創設することも合意され、これら東部方面に展開する多国籍部隊が共同軍事演習を定期的に行うことが期待された。BMDシステムについては陸上型イージス(Aegis Ashore)のルーマニア・デベセル(2016年5月運用開始)、ポーランド・レジコボ(2018年完成予定)配備が進んでいる。NATOの集団防衛態勢の強化にロシアも対抗措置を講じている。2017年9月、ポーランド・リトアニア間のロシア領カリーニングラードおよびベラルーシ西部でロシア・ベラルーシ両軍の大規模軍事演習(Zapad 2017)が行われた。参加した兵員は1万3000名とも10万名とも言われている。同時期、ウクライナ西部でNATO加盟国15ヵ国とウクライナ軍による共同軍事演習(Rapid Trident 2017)が行われ、結果、ウクライナをめぐるNATOとロシアの軍事的緊張を示す形となった。
  
 近時のNATOの対露軍事態勢の強化はウクライナへの安心供与の性格が強い。冷戦後に独立したウクライナは地政学的状況から安全保障政策の難しい舵取りを強いられてきた。安全保障の類型の一つに自強(self-help)、その究極形態には核保有国として生きる道があるが、このオプションは、ウクライナが自国領内に残存する旧ソ連製核戦力の放棄と引き換えに、米英露3ヵ国がウクライナの領土一体性に対し、軍事力を行使または利用しないことを保障するとした1994年のブダペスト覚書により消滅している。いま一つのオプションはNATO加盟であるが、1990年のドイツ統一後のNATO東方拡大に非常に神経を尖らせるロシアがこれを認める可能性は希薄である。NATO軍がウクライナに常駐せず周辺国のみに展開している現況では、ウクライナ攻勢に参加するロシア軍の攻撃を直接受けない限り、ウクライナ周辺国に展開するNATOの前方展開戦力が導火線(tripwire)の役割を果たし、NATO条約第5条がウクライナ防衛のため適用されることはあり得ない。つまり第一義的には対露軍事態勢強化の背後には、「NATOはウクライナを見捨てない」とするNATOの安心供与の論理があると言えよう。

志田 淳二郎  Junjiro SHIDA
東京福祉大学留学生教育センター特任講師
 
中央大学法学部政治学科卒、中央大学大学院法学研究科政治学専攻博士前期課程修了。中央大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンDC)客員準研究員等を経て現職。著書に「国際法秩序の管理モデル」(共訳・中央大学出版部、2018年)等。